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突然ですが、「枯れ鉄のブログ」を閉鎖することにいたしました。2006年9月に、開設いたしました弊ブログも、皆様の暖かいご支援のもと、50,000アクセスを超えたこと、本当にありがたく思っております。ただ、最近は楽天サーバーの調子が悪いのか、アクセス不良が続出したり、写真の保存容量が少ないなど、不具合もあり、それではいっそのこと、気分転換をかねて、新ブログを立ち上げることにいたしました。まことに、勝手ではございますが、今後は ぶらり「枯れ鉄」 で「鉄」あり「花」あり「うまいもの」ありと力を入れていきますので、引き続きご訪問いただきますようお願いいたします。最後の写真は、加太越を後押しするC58です。暖かく見送ってください(笑)新ブログURL( http://karetetu.blog135.fc2.com/ )
2010.08.10
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我々「鉄」にとって北海道の顔は、C62であり、D52であったのですが、一般客には「北斗」「北海」「おおとり」「おおぞら」のディーゼル特急であったのではないかと思います。もっとも、貧乏鉄には、高嶺の花でしたから、顔にはなり得なかった(爆)周遊券でのれる、急行自由席というのが定番でしたね(笑)石倉の海岸を走り抜ける、「北斗」と「おおぞら」です。
2010.07.29
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昔から、こういう運用表を見たり書いたりするのが好きで、今も変わりません(笑)これを見ていると安心するし、一番分かりやすい。一応長野電鉄に問い合わせて、使用列車を確認して、後は時間的に繋ぎ合わせただけですが、これで間違いないと思います。ただ、ゆけむり号点検で代用に入ったりすると、変更されます。おそらく、日中、昼寝の長い仕業がゆけむり代用となるものと想像しています。
2010.07.27
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土曜日に「せきざわ」のそばを食べ損ねた。日曜日は「せきざわ」の前を走った。月曜日は「せきざわ」のリベンジに向かった。ただし、2000系撮影後(笑)11時半の開店ですが、11時過ぎに行くところがなくなったので、店に着くと既に店横の駐車場は残り2台。開店まで約30分ほど店の縁側で並びながら待ちました。このお店は生粉打ち、変わり、あら挽きの組み合わせの「三昧そば」を会席風に順々に出してくる、ちょっと小粋な蕎麦屋さんです。上の写真は、あら挽きです。撮影者の影はおいしさには関係ありません(笑)この日の変わりは、紫蘇を練りこんだ蕎麦でした。この小さいせいろが3枚順々に出てきます。
2010.07.26
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ブドウ編成はB特急で長野に行くまでに、信州中野までの区間列車を受け持ちますので、この列車を夜間瀬の鉄橋で待ちました。志賀高原から流れ出た清流が涼しさを感じさせます。【おまけ】あんまり暑いので、東館山に咲く、ニッコウキスゲをご覧ください(笑)
2010.07.25
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桜沢での並びを撮った後は、まだ色づくには早いリンゴ畑をめざしました。まだ実は青く小さく、絵にはなりません。秋に、リンゴ畑でリンゴ編成を撮るのが楽しみですが、もう少しよい場所を探さねば(汗)
2010.07.22
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見にマラソンの翌日も長野に留まり、長電の2000系を追いました。まずは、私にしては早起きをして、朝の桜沢で2000系の揃い踏みを。2009年9月にアップした写真と同じパターンで、長野行B特急がリンゴ編成で湯田中行普通列車がブドウ編成のパターンです。このパターンだと、リンゴ編成はこの後長野に行って、折り返し須坂までなので、夕方まで須坂-湯田中には入ってこない。またか、残念!ついでに後追いも(笑)
2010.07.21
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土曜日は前日エントリーのため昼過ぎに小布施入り。それまで、お昼をぐっと我慢して、小布施のお蕎麦を・・・最初、「せきざわ」に行きましたが2時を回ってからでは既に売り切れ。それではと、「手打百藝おぶせ」に行きました。ここのお勧めは、発芽蕎麦切りで、弾力のある独特のコシと後口にくる甘みが特徴のそばでなかなかの蕎麦です。それと、三種そば(さらしな、挽きぐるみ、田舎)の三種が楽しめる献立もあり、都合4種の蕎麦が楽しめました。<三種そばは、田舎、挽きぐるみ、さらしな)の順です>
2010.07.20
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三連休の中日18日、人口11,000人程の小布施の町に8,000人を超えるランナーが集まり、小布施見にマラソンが開催されました。小布施駅前をスタートに、小布施の町を「見に」行く21.0975kmのコース。ハーフマラソンは1994年建都1200年に京都で開催されたシティーマラソン以来の、無謀な試み。おまけに「夏」・・・1,500人のボランティア、沿道の声援、1kmごとの給水、フルーツや農産物の供給に加えて、沿道のおばあちゃんが梅干し配ってくれたりで、本当に和気あいあいとしたレースでした。結果は30度を超える暑さとの戦いに敗れ、暑さでフラフラ、脹脛はピクピク、最後の2km程は歩いて、なんとか3時間は切りましたがヨレヨレゴールでした。スタート前の駅前です。おそらくこの日が小布施駅一番の賑わいだと思います。スタートを待つランナーの皆さんです。スタート時間7;20と早いため、長野電鉄は3本の臨時列車を走らせ、長野からのランナーを運びましたが、その2本目は、本来は須坂始発湯田中行き2000系運用の列車を、長野にさかのぼって走らせた感じです。
2010.07.19
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まずは、弊ブログもおかげさまで50,000アクセスを達成いたしました。在庫写真がほとんどの稚拙なブログに、これだけアクセスしていただいたことは、本当にありがたいと思います。この場を借りまして、お礼申し上げます。さて、今日は石倉の海岸の後追い写真です。カマはD52です。丘の上の建物は、なんだったんでしょうね。結構危なっかしい所に立っています(笑)
2010.07.15
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4年前に函館に行った時、訳ありタラバが一杯3700円(砂原港直送)というのがありました。その時、そういえば渡島沼尻-渡島砂原でD51撮ったなぁなどと思いながら、タラバガニを楽しみました(笑)あの頃は、お金もなくタラバガニなぞは頭の片隅にもなく、ひたすら蒸機でしたが、今は「鉄」より「食い気」か。そんな、海が後ろに広がっています。駒ケ岳に沿って走るこの区間、意外と煙を吐いています。
2010.07.14
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再び、大沼の駅です。恐らく、この列車に乗って移動するのだと思います。客車列車でも、大沼で小休止があったのか、かなりこのカマとお友達になっています(笑)カマアップや、線路側からのサイドビュー、北海道デフのアップなど、停車中の定番写真など多数ありました。機関士もカマから下りて、気合を入れなおしてます。
2010.07.13
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少し場所を変えて、噴火湾を臨む石倉の海岸に。ここは、複線区間でD52の貨物列車が、本線らしい区間を走り抜けて行きます。この頃は、北海道と本州を結ぶ鉄道の使命は、今と比べてとてつもなく大きかったと思います。その使命を果たすべく、D52最後の砦、五稜郭の精鋭が、力走していました。
2010.07.12
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枯れ鉄得意の、駅チカ、いや駅ナカ撮影です。大沼駅でしばしの休息をとったD52。まだまだ道のりは遠い。気合をいれて、再び力強く長万部から室蘭を目指して、発車していきます。
2010.07.09
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年甲斐も無く、2週間後にハーフマラソンを走ります。1994年に建都1200年記念京都シティーマラソン以来。かなり無謀なチャレンジです。週に一回は走っていますが、このところのウェイトオーバーは、膝への負担が多い。これを軽減するために、先月より減量対策。夜にウォーキングをしています。夜の中之島公園から、天満橋辺りを歩いています。写真は夜の中之島公会堂です。このあたり、川風が心地よく、さすが水都「大阪」
2010.07.08
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小布施でお蕎麦を楽しんだあとは、あんずの実がなる更埴へ。あんずの里は、すこし旬を過ぎたようで、たわわに実るあんずとはいきませんでした。下は去年の写真ですが、春にはこれくらい花をつけますので、間引いたとしても、もっと実がなるはずです(笑)
2010.07.06
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須坂で2000を見送ったあとは、お昼タイム。当然、お蕎麦です。さてさて、どこに行くかと悩んだ末に、小布施にある「鼎」という店にしました。1日限定20食の、十割蕎麦があるとあって、大急ぎで小布施に急行(笑)十割とか限定とか書かれていると、ついフラフラァと注文してしまいます。ここの店主は、飯田線の鼎の出身らしく、それでお店の名が鼎になったそうです。風味豊かな十割蕎麦、今回は一杯だけなので、天婦羅をつけました(笑)十割ながら、よく打てたしっかりとしたお蕎麦でした。
2010.07.05
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村山で2000系を捉えたあとは、もう一編成リンゴ2000がいる須坂へ。さて、駅について探してみると、一番見えにくい所に停まっていました。駅裏を歩いて、そのまま長野寄りの踏切で、ブドウ2000の折り返しを撮影。。
2010.07.03
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本当は予定になかったのですが、NEXが長電に入り、2000系が来春までということが現実となったので、予定を変更して、長電詣でをしてきました。予定外のため、安曇野からの遠征でしたから、撮影可能時間帯には、長野-須坂の普通運用しかなかったので、とりあえず村山駅へ。2000系須坂行き到着ギリギリに村山駅到着。とりあえず、アングルを検討したところで、まずは、長野行きのゆけむりが来ました。踏切通過直後を狙ってみました。その後本命の2000系。リンゴ色を期待していましたが、マルーンが来ました。枯れ鉄が構えると、マルーン(枯れ鉄はブドウと呼んでます)が来ます。90周年のHMです。
2010.07.01
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水舎の蕎麦のあとは、水車です(笑)安曇野の大王わさび園にある水車です。大王わさび園自体は、観光俗化され、あまり好みではないのですが、この水車だけは別。安曇野の風情を醸し出してくれます。
2010.06.30
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乗鞍高原は雨のため、早々に引き上げ、次の目的地穂高に向かおうかと思いましたが、珍しくきた乗鞍方面なので、ここはいつもと違うところで蕎麦をということになり、山形村唐沢集落にある「水舎」で蕎麦をいただきました。ここは、十割、荒挽き、八割、吟と4種類の蕎麦があり、それぞれをいただいてきました。私の主観では、おすすめは、荒挽きです。蕎麦のこくというか、力強い蕎麦というイメージでした。その対照的なのが吟で、こちらは繊細な蕎麦を表現していて、こちらもなかなかのお味でした。ちなみに、吟だけは、そばつゆが異なり、店主の心意気が伝わってきます。詳しくはhttp://suisya-ya.com/
2010.06.29
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毎年この時期に信州に花を見に行くのですが、なにせ梅雨真っ只中ですから、お天気はその時しだい。それでも、比較的晴天率は高かったのですが、今年は異常気象で”雨”でした。本来なら、少し山を歩く予定でしたが、かなりの雨でしたので、仕方なく一の瀬園地を軽く散歩しました。折りしも、レンゲツツジが見ごろで、雨に打たれて一層美しく見えました。(でも、花には、お日様が似合います(笑))雲は掛かっていましたが、なんとか顔を見せてくれた乗鞍岳
2010.06.28
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大沼にずっといるのもなんだし、ちょっと海線側を鹿部、渡島沼尻辺りまで足を延ばしました。まずは、鹿部で乗ってきたD51と特急「北斗」、続いてD52の貨物との出会いです。こうしてみると、大きさでは、D51は1勝1敗か(笑)
2010.06.24
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大沼で函館本線は、駒ケ岳を東に避ける海線と、西にさける山線に分かれる。函館から来た列車は一山越した大沼駅で一旦小休止して、その後それぞれの進路に進んで行く。そのお陰で、大沼駅に戻れば、目の前をさっと通り抜けたカマを、じっくりと楽しむことができる(笑)近くで見るD52は一段と逞しく見える。それは、五稜郭の中よりも・・・やはり働くカマの躍動が感じられるからでしょう。
2010.06.23
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同じ線路上を、D51とD52が通過していく。その力の差は歴然。貨物の長さが違う。それでいてD52には余裕がある。伊達にボイラーが大きいだけではない(笑)
2010.06.21
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大沼畔を走る多分D51です。拡大して見ましたが、ナンバーは確認できず、形式も微妙な感じ。ただ、テンダーの台車がD51の感じ。間違っているようなら、ご指摘ください(笑)この位置は、煙が出たり出なかったり。まこべえさんの写真は、モクモクと吐いています。カマ焚きがうまくて、完全燃焼していることにしておきます(笑)
2010.06.16
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大沼公園付近は、どこを撮っても美しい。大沼、駒ケ岳が函館本線を行く、列車を引き立ててくれる。それゆえに、光線度外視写真や、露出不足写真の多いこと(笑)やはり、こどもの写真ですわ。機関車を出せば、駒ケ岳が飛び、駒ケ岳をだせば、機関車が真っ黒。とりあえず、カマが見えないと・・・本当は、右隅に駒ケ岳がそびえています。
2010.06.15
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レールがしっかりしているからか、ここではD51も力強く、颯爽と感じます。同じD51ですが?この、大沼公園は蒸機列車の本数が多く、退屈せず撮影できました。もっとも、かなりの団体でしたから、アホなこと言いながらの列車待ちでした(笑)ややブレの写真ですが、ご容赦を・・
2010.06.14
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函館、五稜郭を後にして、大沼に入りました。ここでは、Y氏の友人たち数名が先乗りでいて、3人のツアーが一挙に大所帯となりました。この写真は大沼公園付近の道路上からの撮影だと思います。煙がもくもく出ていなくても、凄い迫力。まさに、爆走!
2010.06.11
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五稜郭区から函館までは、国鉄を使わずに、タクシーで函館にもどったような?市電に乗った記憶はないし、列車に乗った記憶もない。消去法になりますが、タクシー好きの、Y氏の提案を受けた可能性が高い。この時電停に待っていた、女子高生がポーズとって、こちらを向いたので、必死にカットした純情な少年だった私です(笑)
2010.06.10
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昭和40年代はまだ、闘う労働者が存在していた。国労、動労、公労協、日教組、それに民間企業でも春になると、スト決行中の赤旗のもとに職場集会が開催されたり、デモ行進があったりの時代だったと思います。今思えば、それだけ生きることに一生懸命であり、命がけにならざるを得なかった、生活環境であったような。この平和ボケの時代になると、懐かしくもあります。(別に政治の主義主張をするつもりはありませんので)国鉄も、春闘に季節はストがあり、国労、動労が車両を私物化し、横断幕代わりに使っていた時代です。五稜郭に停まっていたもう一台のD52のテンダーには、「スト決行」の文字が書かれています。
2010.06.09
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会津のC11を堪能した後は、郡山から急行「八甲田」の人となり、一路青森へ。すぐさま、青函連絡船に乗りついで、はぁるばる来たで函館♪ってきっと歌いながらに着いたはずです(爆)まずは五稜郭区へ。初めて見るD52!もう嬉しくて嬉しくてって感じだったんでしょうね。停まっている機関車なのに、切れてる写真を見ると、我ながら笑ってしまいます(笑)かろうじて、画面一杯のD52のラストナンバーです。本線専用ということで、タブレットキャッチャーが装備されず、貫禄がありました。
2010.06.08
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ネガカバーには、1972/3/23滝谷-会津桧原-会津西方-会津宮下-早戸と書かれている。ここまで詳しく書いているネガカバーは稀ですが、書いていても、写真と結びつかなければ何の意味もない。
2010.06.07
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場所の記憶のない、会津線が続きます。なんせ、どこの駅で降りたのかすら覚えていません。ただ、覚えているのは、同行していた、Oさんに「こいつ、会津坂下の駅長知らへん」って言われたことだけです。独特の雰囲気の会津線。山間を走るので、ある時は力強く、またある時は、渓谷を滑るように、色々な顔を見せてくれてました。
2010.06.03
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妙楽寺のあとは、明通寺を訪問しました。300年以上も潮風にうたれた山門の姿は、いきなり心を捉えてくれました。参道をさらに進むと、階段の上には、これも枯れた魅力の本堂が見えてきます。ちょうど、居合わせた団体さんとお寺のいわれを聞き、そのあとお参りしました。残念ながら、三重塔は現在修復中でその全容を見ることはできませんでしたが、秘仏を拝観できました。この後、本堂も屋根の葺き替えがあるとのことで、本堂と三重塔を並んで見られるのは、3年ほど先になるようです。
2010.06.02
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得意の駅チカで電車を一本撮った後は、非鉄旅。佐倉さんにご紹介いただいた、古刹を訪問しました。まずは、妙楽寺から。もみじの若葉が美しく、枯れた山門の色にアクセントを添えていました。山門には、ちょっと変わった顔立ちの仁王様が、、、そして参道を進んで行くと、木像千手観音が安置されている本堂があります。
2010.06.01
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保存機C58のある公園の向かいに、長源寺というお寺がありました。この山門は康暦2(1380)年に僧日源が創立したと伝えられるもので、これもなかなか風情のある山門でした。ちょっと、歪んでます(笑)詳細は下記URLでhttp://www.city.obama.fukui.jp/section/sec_sekaiisan/Japanese/data/414.htmこの後、駅にもどり、敦賀行きの電車を待ちました。久しぶりにみる小浜線の列車。さて何がくるのか。形式も知らない近代化車両が走ってくるとは思いもよりませんでした。125系2連
2010.05.31
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ボーナスをあてこんで、新しいレンズを買ったので、ためし撮りにと、小浜に行ってきました。京都は晴れていたのですが、日本海側は曇り空で、いまいちのコンディションでした。駅前の駐車場に車をおいて、近くの公園にあるC58171を訪ねました。ここは、杉田玄白記念病院のすぐ横で、公園内には記念碑もありました。保存状態は良好ですが、なぜかC58の顔つきとは違うような??煙室扉のレバーが付いていないとこうも違うのでしょうか。その後、近くの商店街の魚屋で、焼鯖をかって、食べました。1000円/尾を800円にまけてもらったのですが、魚を新鮮なまま焼いた焼鯖は本当に美味しかったぁ~(爆)
2010.05.30
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再出発といっても、ページのデザインを一新する訳でなく、HDDトラブルでお釈迦になった画像の再スキャンです。途中まで、再スキャンしていたのですが、スキャンソフトをVUEスキャンに変えたほうが、綺麗に残せるようなので、再度1年を目標にスキャンしなおすことにしました。やっと、使えるようになってきたので、その気になりました。まずは、中学卒業時、品川530さんらと同時期に訪問した東北・北海道ツアーから手をつけます。その関係で、二番煎じの写真が投稿されることもあるかと思いますが、ご容赦を。北海道に行く前に会津線に立寄りました。今で言う、只見線ですが、この当時は会津線只見方と呼んでいたと思います。会津線滝の原方(?)というのがあり、こちらは、会津高原鉄道に変わっています。有名な鉄橋です。おそらく会津西方かと思いますが、まるで自信がありません。夜行で会津若松に入りましたから、早朝でまだ光線も十分ではない状態での撮影です。「えいやぁ」の一枚です(笑)C11の吐く煙が、客車の後ろまで伸びて、穏やかな朝であったことを物語っています。
2010.05.27
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さらに、阪急シリーズです。これも伊丹線の写真で、610型。この車両は、能勢電鉄でも使われた車両です。これが流れていったのか、既に流れていたのかは、今となっては不明です。運転室越しに外を眺める顔が印象的です。
2010.05.26
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阪急の特徴的な車両です。同タイプの車両で、1020、1100、1300がありますが、確か1200と1300だけがつり掛けだったと思います。これは、伊丹線ですが、撮った記憶一切無しの記録です。
2010.05.25
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せっかく阪急の写真が見つかりましたので、阪急続けます。学生の頃、京都線から十三で宝塚線に乗換えてましたが、先につり掛けの900系が来ると、後の準急、急行が先着であっても、つい乗ってしまう。乗るだけならいいのですが、乗ってるうちに、授業にでるのが嫌になり、結局宝塚まで乗ってしまう。宝塚で今津線に乗換えて、西宮北口を経由して京都に帰ってしまう、不真面目な学生でした。私に授業をサボらせた車両です(笑)
2010.05.24
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次は、2800の大阪側です。こちら側は、2パンがゴツゴツして、京都側とは雰囲気が変わります。回生ブレーキには、2パンが必須?
2010.05.20
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青列車様より、賛辞を頂戴しましたので、2800の活躍を振り返ってみます。西京極付近をはしる2800の第2編成です。前サボから見ると、通勤特急で、高槻市に停車していました。今は、特急が当時の急行並みに停車しますので、見る影もありません。
2010.05.19
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佐倉様のブログで、小浜の名刹をご紹介されてますので、小浜線の思い出を、引っ張り出してきました。忘れもしない中2の夏休み。その年の10月で、鹿児島本線全線電化完了、呉線電化により、C59、C60が消える重大な夏休み。学校では、子供同士での旅行禁止令が発令され、公務員の親は、ルールには忠実。なくなく諦めさせられた。見るに見かねた母親が、せめて近場でと、京都→敦賀→舞鶴→京都の旅に付き合ってくれることに。この写真は、その時小浜線の客レの窓からの撮影です。恐らく、小浜から西の加斗-若狭本郷辺りかと思います。風光明媚な若狭湾沿いを、軽やかにC59-1=C58は走ります。
2010.05.18
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阪急桂駅は京都線の駅であるとともに、嵐山線の起点でもあります。阪急のなかでも、もっとも近代化のおくれた線の一つです。写真は、嵐山線の710型(もちろんつり掛け)と本線を下る2800系特急です。2800系特急の2枚のマルサボは、印象的です。
2010.05.14
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学生時代に撮影した阪急のネガが見当たらない。先日、家捜ししたら、写真が見つかった。すこし、間抜けな登場ですが、デビュー当時の6300です。これに乗るために、授業を早引きしたりしました(笑)モノクロなので、ピカピカ具合が分かりませんね(笑)
2010.05.12
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保津峡のD51499のネガには、梅小路の写真も入っていましたので、ご紹介します。1枚目は色々な姿で写真を残すC57190の末期の写真です。放課後に立寄っていますので、夕陽に光っています。次の写真もC57190ですが、転車台には憎きDD54、その後ろには福知山のD51が停まっています。私が初めて梅小路に来たときには、この位置にはハチロクが2両留置されていましたが、この時点では1両に。さて、このときC57190がどのような状態であったのか、ちょっと微妙な停止位置です。
2010.05.11
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山陰本線、朝の上り通勤列車を捕らえに、保津峡へ。冬は夜明けが遅いのに加えて、渓谷深くを走る線路には、まだまだ光線が届かない。そんなことは、お構いなしにシャッターを押す、中学生です(笑)そんな時に下りの貨物列車が、D51499に牽かれて、登場しました。
2010.05.10
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D51498に後藤デフが付けられたとのこと。せっかくの機会ですので、1台弟の、D51499の福知山時代の写真が見つかりましたので、アップしました。本来なら、カーブ内側で撮ればよいものを、と思われるかもしれませんが、理由があります。恐らく、間に合わなかったのです(笑)ネガを見ると、この前に、丹波口手前でこの列車を撮っています。そこから、自転車を走らせて、かろうじて息切らせながら、踏み切り手前までが限界だったと思います。この列車、丹波口は通過で二条駅で小停止を利用しての撮影です。なぜ、それだけ走ったのかは今となっては不明。これが、初撮りで後藤デフに惹かれたからか?その後、「また、こいつか」と思うほど、福知山のカマの中で、仲良しになるとは思いもせずに。。。
2010.05.06
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