屋久島


 下の子が小学校低学年まで.
 一度行くと二週間くらいはのんびりと過ごした.
 海で遊ぶのは小さな子には絶好.

 ところが二人の小さな子をつれての屋久島縦断.
 これは大変だった.
 今考えると無謀だったと反省している.

 高塚小屋や縄文杉まではラクチン.
 しかしその後がいけない.
 まして縦断中に台風が来ようものならたまったものではない.

 その年は予想に反して台風が次々とやって来た.
 一本が反れてくれるだろう.
 たかをくくったのがいけなかった.

 投げ石平でテントを張った夕刻,急に雲行きが怪しくなってきた.
 鹿児島大の登山部の気の良い連中がばたばたし始める.

「危ないですよ!雷!」
 忠告に従いテントを畳む.

 学生の姿はすでにない.
 子ども連れの私たちはことが思うように運ばない.
 甘かった.
 後悔すでに遅し.
 四人は真っ暗な雨の険しい道を出来る限り歩き続ける.

 大声で話す.
 笑っては子どもを,自分を励まし続けた.
 内心の不安は満潮を迎える.

 道を誤っては大変.
 足を痛めても大変.

 新美南吉では無いが岩屋を探した.
 適当な穴場を見つけた頃私たちの体はすっかり冷えきっていた.

 岩屋にいても雨,雨.
 横雨が突き刺さる.
 斜め風が寒い.
 寝袋もびっしょり.

 岩屋はあまり深く無い.
 雷の落ちる様子が見える.

 もし投げ石平に居続けていればと思うと何年もたった今でも身の毛がよだつ.
 付け加えるならばここの場所は木も何もなく岩がごろごろと有るのみ.
 まな板の鯉,雷にとっては絶好のチャンス到来!である.
 雷が落ちるとひとたまりも無い.
 程良いレアステーキではすまされない.

 夜が明けてとりあえず小屋に向かう.
 親子共に疲労感がひどい.
 小屋で休養をとる.

 小屋に集まる人々も神経を高ぶらせている.
 感情の摩擦があちこちで見受けられる.
 皆がそれほどまでに疲れ切っていた.

 二日の誤算.

 ......

 雨上がりの花山歩道は美しい.
 原生林の魅力を十分に堪能する.
 屋久島はこの時ばかりは私たちだけのもの.

 だが...
 雨上がりの花山歩道は幼い子にとっては恐怖そのもの.
 ヒル.
 ヒルが服の隙間を這って,腹や胸の血を吸う.

 子は泣き出す.
 峠道は恐ろしく狭い.
 子は騒ぎ,暴れる.
 谷底は深い.
 峠のヒルは幼子には危険すぎる.

 親はいかにも冷静を装い,子を落ちつかす.
       <本当はこちらが泣きたい>

 ......

 原生林は行く道を誤りやすい.
 夫は精神,体力の限界とみえ谷の方に進もうとする.
 あまりにも急な道.
 荷物を担いで下りることは不可能.

 何かがおかしい.
 私は夫の後に続かずその場に立ちつくす.
 直感と冷静な判断により獣道を見つける.
 実際はそれが正規のルート.
 屋久島は迷いやすい.

 夫は大きなザックを放り投げては下へ下へと下り続けている.
 <・・・・・・・・・>
 私の腹立ちは限界,言葉にならなかった.

 大声で夫を呼び返す.
 彼の顔は恐怖感で硬直していた.

 四人は言葉少なく下山の道をたどった.
 今のように携帯の無い時代.
 途中,私達を抜かすグループに二日遅れの伝言を頼む.
 宿の従業員は連日三日迎えに来てくれたようだ.

 捜索隊は必要なかったものの皆に迷惑をかけた縦断.
 何より幼い我が子を巻きぞいにしての危険きわまりない
無謀な計画.

 この年から後私たちは屋久島には行っていない.
 もうかれこれ八年ほどになる.

 私たちの第二のふるさとと勝手に決めつけ毎年行ってた屋久島の一年に二週間の生活に終止符を打つ.

 ......

 最近になりまた屋久島のムシがむくむくとわき起こる.
 このムシはたちが悪い.
 行きたいと思うほどにストレスがたまる.

 子どもは苦い経験のため乗り気ではない.
 知らない土地を見たいという.

 子どもも少し成長した今...
 もし可能なら屋久島の山と京都の地を行ったり来たり.
 のんびり遊んで暮らしたい.







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