蒼い風 現象への旅
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
その電話は400枚近いキャビネプリントのチョイスに追われているときに掛かって来たと思う。曖昧なのは顔の見えない相手に対する憤慨が強かったせいだろうか。電話を切って項垂れた園長が伝えて来た。子供の親御さんから、自分の子を晒しものにしたくないという内容の抗議があったこと。説得したが受け入れられなかったのでしかたなく、数名の子供たちの写真は展示しないで欲しいということ。ずっと耳の奥に晒しものという言葉が残った。怒りのあとから哀しさがこみ上げて来た。キヨミくんの絵が話しかけて来た。ステラレタどうするのか。あらためて400枚から3人を外して行きながらやるせなさが緊張感を途切れさせ、あと選んでねと印刷屋(製本して会場で配ったようだ)とクラブメンバーに言い残して、煙草を吸いに庭へ降りた。職員のケイスケさんの話を考えていた。シンヤくんの脱走事件。ある夏の日、なにかの理由で園を飛び出したシンヤくんは炎天下を4時間かけて自分の両親のいる家まで歩いたんだそうだ。ケイスケさんは数メートル後ろをだまってついていった。シンヤくんはときどき振り返りながらも、ただ歩き続け、家の玄関までたどり着いたが、引き戸を開けることに躊躇っていたらしい。声も出さずにじっと引き戸を見ていたシンヤくんにケイスケさんは一言「帰ろう」と声をかける。シンヤくんは涙をボロボロこぼしながら黙って頷いて、また来た道を歩いて戻って行った。成長を止めたシンヤくんの小さな脳。そして表れた壮絶な孤独感。園長もわかっていたのだ。いや、あざみ園の職員みんながわかっていたのだ。親の葛藤も。どうしようもない事実を胸元に突きつけられた気がした。しかしそれが現実だ。自分は個人的に3人に額装した写真をあげようと考えていた。30点ほどに絞られていた。半数が自分のだった。その半数から6点だけを指示して、あとは、再チョイスするように頼んだ。「これ最初の扉に使いたいんですが」いいよと返事して会場の下見にその場をあとにした。展示はデパートの催事場で行われた。タイルモザイクの生き生きとした絵画作品と子供たちの写真、それに園長の言葉が絵本のように語りかけている。手作り品のバザーはおきまりだったが、行政にアピールするインパクトはあったようだ。盛況だった初日、マリちゃんの写真の前でお母さんが泣いていた。「家ではこんな表情見せたことないんですよ」園長が横で「園では伸び伸びしてます」と。敢えて自分が撮ったことは伏せてもらっていた。撮影したときのことを思い出していた。半開きの口元、食い入る目線。土間に這いつくばってフレームしたこと。三日目におふくろが会場に出向いて観て来たと連絡があった。母親の後ろでそおっと右手を挙げてる自分の写真を恥ずかしそうに見ている女の子がいてちょっと感激したとのこと。「あんたはこんな仕事してるんやね。ちょっとばかり誇りに思ったよ」返事は曖昧だった。今思えば、おふくろが生きているうちに、ちゃんと伝えるべきだったんだ。「いいえ、あなたのおかげでした」と。後日談展示を終えて、プリントも差し上げて数日後、園長から電話がはいった。「あのあとね、みんなの様子が変化したんよね。見違えるような変化」「どうしたんです?」「いや、それがね、テレビの前でみんな美容体操してるんよ、毎日!」
Apr 13, 2015
コメント(0)