うずまき月子の庭

うずまき月子の庭

2007年07月14日
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カテゴリ: 映画
横浜のコなら 誰でも一度は耳にしたことはあるだろう
ハマの有名人というべき人が 「メリーさん」



わたしも聞いて知っていました
知っていたことっていうのは

「戦後 米軍兵士を相手にしていた娼婦の人 
 すっごい派手な衣装をいつも着ている おばあさん!」 
っていうくらい

おうちを持たず 横浜駅近辺で寝泊りしているらしいよ? と聞いたこともありましたが
わたしは実際に彼女を見たことはありません



この映画は去年 単館系で上映されたみたいです

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「メリーさん」を誰かが演じている映画かなぁ?と勝手に思っていましたが

ドキュメンタリーでした



メリーさん 1921年生まれの方だそうです
戦後の横浜は あちこちで街娼が普通にいるような街だったそうです
メリーさんは 初めは横須賀で 米軍将校を専門に相手をしていたそうです
その頃のあだ名は 「皇后陛下」
いつも白いドレスのようなものを身にまとい つばの広い帽子をかぶり 
顔をいつも白く塗っていました
使う言葉に どこか気品が感じられた、といいます



その後 40歳のときに 横浜に移動し 74歳までずっと横浜にいたそうです



この映画のなかで 懐かしい街がいっぱい映りました!
日の出町 黄金町 馬車道 伊勢佐木町 福富町 
(懐かしいと言っても そこで夜な夜な遊んでいたわけではないです~




だからこの映画は また違った意味で とても親しみを感じました



メリーさん直筆のお手紙が映画で取り上げられていましたが
ものすごく達筆な方でした 
もしかしたら 富裕な生まれのお嬢様なのかもしれません



普通に誰かの奥さんとして歩む人生の選択も彼女にはあったのかもしれません





「あなたには 好きな人がいましたか?」

「はい いましたよ」 とメリーさんは答えたそうです



憶測ですが (メリーさんは自分についてほとんど人に語ることがありませんでした)
メリーさんの好きだった米軍の将校が 横浜港から本国に帰り
きっとメリーさんは彼を待ちたかったので 横浜に残っていたのでは… と



いつも顔を真っ白に塗り 一種異様な印象を 街の人に与え続けていたメリーさん
でも彼女が74歳で 生まれ故郷に帰ってしまってからというものの
メリーさんのいない街の風景は どこか寂しくなった という人もいました



メリーさんと仲良しだったシャンソンの歌手の方が
メリーさんが現在滞在している養老院で ミニコンサートを行いました



そのとき 顔を白く塗っていない 現在のメリーさんが映画に登場しました
とてもきれいな肌をして 凛とした風情があって
何度も深くうなづきながら 歌を聴いていました



その姿をみたら いろんなものを超えてしまった彼女の強さ・美しさが感じられて
なんだか分からないけど すごく泣いてしまいました



メリーさん 自分の信念を貫き 横浜に一人で生き続け
でも メリーさんの生きる姿勢は周りの人々に勇気を与えたし
そして 実はメリーさんも 周りの人々に生かされていたのではないかと思いました





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Last updated  2007年07月14日 19時05分16秒
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