ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2007.01.26
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これから、どこでも好きなことが言えなくなるのではないか。という不安感があるのは否めない。それだけ深刻化するのではないか。私の生きている間にそれが来るか来ないか判らないけれど、いまのうちに言っておきたいことはある。でも、私でなくても、誰かもっと有能なひとが遣ってくれるだろう思ってはいる。


何でもいいのではないだろうか。為すべきことを見つけることだろうと思う。ひとは環境に支配されているが、そこから這い出す知恵も持っているからだ。足りないものがあれば、補えばいいだろう。自分を甘やかすのは、自分の怠惰でしかない。そうでなければ誰が自分の責任を問うことができるだろうか。


人生とは、漱石が言うように「うんうんいいながら死ぬまで押していくのだろうか」


キプリング「祈願の御堂」のなかで、あちこち探すが、お墓が見つからず「園丁」に尋ねるのだという。それはヨハネ伝の中にあるその「園丁」は、神なのだという。芥川の作品にもそれにちかい表現がある。彼の作品のなかの省略は、時に多くの余韻を残すだろう。


今夜は、みんな外出しており、ひとりで過ごしている。そう三毛猫がまだ見つからない。半分諦めている。猫だって選ぶ権利はあるだろう。気が向けば帰ってくるだろう。





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最終更新日  2007.01.26 20:20:18
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