ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2007.03.30
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 キリスト教徒とイスラム教徒が500年間も戦闘状態にあった当時の世界で、彼の統治下では、征服された部族民はすぐに釈放されたし、政治的、宗教的、或いは人種的な独裁ではなかった。宗教上の信仰が迫害されてはいない。


 逆らうものに容赦がなかったことと、モンゴル人が高く評価していた官吏・貴族・職人・商人・祭司・書家などは命をたすけれたが、圧倒的に多かった貧しい農民などの命はヒツジの群れ以上の扱いではなく、例外もなかった。モンゴル人は、大地にはいつくばって働く男女をもっとも卑しいものと見なしていたのだ。馬のほうがまだ価値が高いとされていた。切れと命令が下れば、彼らはヒツジのように駆り立てて処刑した。


 歴史を正しく評価することは難しい。というより時の権力者が都合のいいように改竄してもきたからだ。死ぬ間際までチンギス・ハーンが思い描いていたのはステップの世界のしはいであっただろう。モンゴルの人口は少ない。彼らが征服した領土をながく管理するだけのマンパワーがなかったのだ。だから彼らは、徹底的かつ残忍な攻撃によって壊滅させようとしたのだ。どんな容であれ反抗の兆しがあれば全住民を抹殺しようとしたのだ。


 そうしたのはそういう原因があり、理由があるということか。遊牧民と定住民との戦いは、決着がつくべくしてつくのだ。帝国が膨張し、やがて全中東と中国をのみこむとモンゴル人は統治に格段の進歩を見せた。





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最終更新日  2007.03.30 22:41:30
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