
無暗に歩いても意味がない。自分の脳と一緒でなければ効果は希釈される。脳と細胞が一体でないと意味がない。どうも言われたから歩いていたところがある。他人から言われて歩いても脳が納得しているとは限らない。自分の脳がどこを向いているかだ。ミトコンドリアが悲鳴を上げるようでも困る。威張って歩くようでは長続きしない。「乞食」の如くだろう。こじきではない。「コツジキの如くだ」。
・自分の脳と細胞が歩けという。まだ歩き初めて1年間にもならないが、やっと納得できたことがある気がする。誰のためでもない歩くという生命活動が自分のベースなのではないだろうか。重力のない生活はないのであってそれに抗うために日常はある。そのための行動であるに過ぎない。これまで、脳が付いてこなかったのだろう。だから、すぐに横道に逸れてしまっていた。
・へ2・・・歩いて少し解かってきたのは、自分の脳が「コツジキ」の精神を持たねばならないということだ。