
アレンジ
人は先人の作ったオリジナルの物語をアレンジして、自分の物のように描いて作品にするのが常なのだろうか。角度を変えて違うものにする。まるで料理のようだ。人間の心象風景を魚や野菜を煮たり焼いたり蒸したりする。結局多くの作品は、過去の何かの亜流か変形でしかないものばかり。オリジナルを読むことは稀なのだろう。堀辰雄の「曠野」(あらの)も、そうした流れの一つだという講義を長々と聴いた。
文学を愛することは難しくなった。昔は、皆純真だったか、文学を愛してもいた。然し、いつかだれも言葉を信じなくなってしまったのだ。嘘ばかり付いている社会だからだろう。豊かな社会など、夢のような夢だったのだろう。アレンジばかりが上手くなり、オリジナルは真実と一緒に消えてしまったようだ。
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