ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2014.06.29
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 山東京伝「優曇華物語」の随所の「趣向」を弟子の曲亭馬琴「南総里見八犬伝」が如何に換骨奪胎したか。


・馬琴の勧善懲悪批判に焦点を当てた文学史に就いて。

・「小説神髄」や鴎外、露伴、芥川、安吾、漱石からの視点。(馬琴の勧善懲悪)をどのようにとらえていたのか?
・レジュメによって、いくつかの文章を紹介された。
・逍遥は馬琴に嵌まっていた。
・鴎外の馬琴観。
・露伴の馬琴観。
・龍之介の馬琴観。そのまま肯定していない。
・安吾の勧善懲悪批判。
・漱石の馬琴観。漱石の勧善懲悪に対する考え方は、明治以前のそれとは異なっている。その作家の持つその人の勧善懲悪であって世間と違うものがあって当然だと言う。自分の良心に恥ずかしぬ様に勧善懲悪をやりたい。
・大正5年。アイシュタインの相対性理論について寺田寅彦が、漱石の家で説明して聴かせたらしいが、「先生には解らないだろう」寅彦はいったという。漱石は、理系の頭をしていたが解らなかっただろうとのこと。
・梶井も理系の頭だった。だから漱石も梶井も緻密なところがある。
・漢文にも数学的なところがあり、それは両者ともよく理解できたのではないだろうか。
・鳩山元首相も工学出身。



・善悪をいうのは人間だけである。自然界にはない。勝手な世界観でもある。

    "To be or not to be、 that is question."








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最終更新日  2014.06.30 04:00:23
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