

人間は論理を創造する生物である。対立の原因が、実際には感情または利害の対立であっても、それを論理的体系としての対立にし、対立を拡大させいくことは古くからみられる現象でもある。人間社会のさまざまな対立は、論理的対立にすることによって、直接的に関係のない人びとの間にも対立が共有され、拡大される。
これは論理的体系のもつ普遍的な拘束力が如何に大きいかを示している。体系化された論理は、人びとを隷属化し、それを利用するものに権威や権力さえ付与するのだ。体系化された論理は有害無益だろうか。それとも論理の体系は必然的に避けられない現象であり、それが固定化することが問題なのだろうか。
論理から観た近代科学の特徴は、要素から全体を捉えようとするところにあり、これが宗教の宇宙から個人を捉えようとするのであり、仏教の論理と逆の関係にある。そこにボトムアップ型論理とトップダウン型論理の相違があるだろう。ある論理的考えが理論になることによって客観化され、予見性を獲得し得るのだ。
>塩浜海岸へ行ってきた。