
カッパドキアは不思議な世界だった。高地の草木も生えない岩場に暮らしている人たちがいた。農夫のアルファベットいう言葉があるが、その土地で生き残るための最低の知識と適応性がないと生きていけない。人間の持つ適応性の能力の偉大さは、想像以上なのだろう。私だってカッパドキアで生まれれば、平気で生きていられるのかもしれないが、こうして違う環境で生きてきた今では、それは不可能だと思えてくる。何が困難で何が、生き甲斐だろうか。
・自分の今を、客観的に考えると、視えてくるのは自分の甘さである。他人に頼り過ぎているのではなかろうか。好きな時に食べ物が食べられ、飲み物だってある。快適というほどではないにしても、好きなだけ寝ていられる。それは居住環境があり、社会が整備されているからでもある。自分で創ったのではなく、生まれた時から存在していた。努力すればもっと違った生活もしていたことだろう。それをしなかったのは、自分の価値観でしかない。
・へ2・・・飢餓に悩み、宗教戦争で生死の狭間にいる人たちが大勢いる。何故そうなのかわからないまま泥沼の中で苦しんでいる。柵の中で、一生そこから出れないでいる人もいることだろう。曠野の中でも家族と肩を寄せ合って慎ましく生きている人たちもいることだろう。何が幸福かは、その人がどう思うかでもある。宗教では終わらないのが人間の大きさでもあると思う。人の心に宿る曠野は別にあるのだろうか?