
教師の不満は、その生徒が充分に学習しないことである。充分に学習すれば、「彼の才能からすれば」はるかに、もっと多くの知識をもちえたであろう。
どうやら、自分の才能は、そのステップにおいて生活と活動という諸条件とうまく噛み合って発達してはいないようだ。
多くの挫折は、自分を見直す契機にもなるだろう。現実という苦しみの中にある時こそ、この社会を実感するのであり、才能を発達させるだろう。虚構に逃げようとすればするほど、才能から遠ざかるのではないか。
如何なる、視座を人間は、持ちえるだろうか。世界の現実というスープから読み解かねばならない。それは、容易なことではない。
まだ誰も、1年先の自分や、世界を知らない。然し、絶望から見てはならないだろう。