ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.01.30
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
  • DSCN9449 (3).JPG
  • DSCN9450 (6).JPG
  • DSCN9451 (3).JPG
  • DSCN9452 (5).JPG
  • DSCN9453 (3).JPG
  • DSCN9454 (4).JPG
  • DSCN9456 (2).JPG
  • DSCN9457 (5).JPG
  • DSCN9458 (3).JPG
  • DSCN9459 (3).JPG




毎日体験しているこの日常が自分の人生のすべてであって、それ以上でもそれ以下でも、以外でもない。自分の言葉を吐きだす事は自分の私見の範囲でしかない。若さが美であり正義であることが、いつか行き詰ってくる。それが解かっていながら、若さが主張されるのを止めることができないで、やがて自分自身さえ否定されるようになるのだろう。50歳くらいしか平均寿命が無かった時代が、あ或いは肯定される時代が訪れるのではないだろうか。


 ・今の常識は、否定される時が来るかもしれない。自然を愛する人間がいなくなれば、この世から自然は消えて行くだろう。それが淘汰のルールでもある。価値を見出す事が出来なくなれば、そこに愛が無くなるのだ。人間はどこへ向かって駈けているのだろうか。そして私も。



 ・へ2・・・「無智亦無得 以無所得故」でしかないという。人間はどこまでも「菩提薩?」にはなれない。なぜそのことを般若心経を書いた人は知っていたのだろうか。「般若波羅蜜多」その何なのか。神とは何か?その神はいくつもあるのだろうか?始まらなければ終わりもないという、疑問に答えられない。私という存在も始まってしまっているのであり、それは終わらなければならないのだ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.01.30 19:31:20
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: