



「文明の歴史は、犠牲の内面化の歴史である。換言すればあきらめの歴史である」だろうか。
凝固した現実を批判的に解体しようとして、それを乗り越えることができるだろうか。ポスト構造主義にしても、エコロジーにしてもそれを追求しようとしている。
ドイツに於ける思想は、私たちに問い続けている。
カント・ヘーゲル・マルクス・ニーチェ・ハイデッガー・ホルクハイマー・ガダマー・アドルフ・ハーバーマス。
現実への妥協を拒む精神こそ、哲学の本旨であろう。即ち内面文化を放棄したら、そこに現れる人間の姿とは、赤裸々な暴力と野蛮でしかないことは明らかであり、たちまち苦渋に苛まれてしまうだろう。
私たち人間は、すでに到達した者たちではない。思想家たちの破片を集めて凝固した現実と闘い
それを乗り越えて、新しいライフスタイルを追求して行くのだ。