

自我の目覚めから始まって、自分と他者との境界を拡げて行って、そしてまたはてなしなく準拠枠を狭めていくのだろうか。自分があるようでない。実体がなく、イメージでしかない。みているものは映画のスクリーンに映っている現実でしかない。もともと自分の脳でイメージしたものを見ているに過ぎない。この瞬間も、過去や未来につながらない。フイルムの一コマのようなものだという。1億分の1秒は、あってない刹那と同じだろう。
・科学的に証明できないから真実でないとは言えないが、もしそうするとすべてが真実になりかねない。すべては真実だろうか。どこかで、何かと区別しなければならないとすれば、差別は必要だろうか。絶対と相対と常に矛盾した概念で物事が解らなくなる。こうだと言えばそうで、そうではないといえばそうではなくなる。然しそれでいい筈もない。
・へ2・・・新しい社会システムを構築できるだろうか。間に合うのか。いつまでも時間があるわけではない。国連などという欺瞞が、いまだに信じられている。情報は偏った存在でしかない。整理できなければ、カオスに戻るだけだろう。そして誰もいなくなるのだ。