ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2021.01.29
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ヒヨドリとメジロ。










 ・民主主義を知らないで育った国民が、戸惑ったのは無理はない。それを準備するだけの知識もなかったからだ。然もアメリカの民主主義は、ブルジョワジーの私物化されたものでしかなかった。日本的社会構造に合致するはずはない。それができると思うのは、彼らの勝手な思込みでしかなかった。然し日本人の教育や国民性が勝手気ままな解釈を始めた。仏教や、その他の思想がそうであったように、順応化を始めたのだろう。それは歪な日本的民主主義の中の歪な「男女平等」でしかない。確りとしたプロセスを経ずに、なにが真の「男女平等」かを理解できないでいる。


 ・へ2・・・太宰の戦後の女性観や女性論は陳腐だが、それが戦争直後の文化人たちに成立し、若者たちに共感を得ていたとすれば、ショックだが、その後の日本に影のようにへばりついていた。太宰は日本人が育った作家でもある。彼の亜流はいくらでもいるのだろう。





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最終更新日  2021.01.29 12:50:05
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