2002/08/18
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 飛び立つところは小便を引っかけられた思い出も含めてよく見るが、木にとりついた瞬間というのはこれまで見たことがあったかな、と、どこから勢いよく投げつけられたように木にとまったセミを見ながら思った。とりついた途端に鳴き出し、長く続く。ボーっと見ていたら僅かずつ身を動かしながら鳴いている。鳴き止み、また鳴き出した時には微妙に音色が違うように聞こえるが、最初の鳴き声をよく覚えていない。小さな虫が近づくと隣の幹に飛び移った。そう強くもない風に細い木が揺れるのがよく見えた。大分上の枝にいる小さな鳥がセミを啄んで決着をつけてでもくれないとこの場から離れ難いな、などと思った瞬間、何が決着だなどと浮かんだ思いを同時に振り捨てた。今年はまだ一度も風邪を引いてこなかったなと気付いた。
 少し古井由吉から離れたい。いい加減疲れてきた。「聖」「栖」に続く三部作最後のこの作品、狂った妻の話。重くつらい。


 どこそこに火を放ってきてほしいと面会室で申渡す。岩崎は承知して家へもどり、何喰わぬ顔で常の暮しをつづけ、隣近所にもお愛想をふりまき、三日目に病院に来て、言われたとおりにしたと佐枝に報告する。佐枝の衣装を胸にのせて三夜も眠れば、大火の情景はおのずと夢に現れそうだ。それが十日おきに繰返され、佐枝の頭の中で東京じゅうが灰になるまでつづく・・・・・・。



「道」「葛」「宿」「雨」「声」「親」と続く中、「雨」のはずである201ページ左下題名表示の部分、1ページだけ「宿」と誤記してある。1980年発行の初版。「この章はあと何ページくらいだろう」と憂鬱になりつつ確かめながら読まないと気づかないようなこと。


 岩崎は例の旅行記を前にひろげて、半月してもひと月してもまだ同じあたりをうろついているようなもどかしさを覚えた。一時間ばかりは毎日のように、これはすでに読んだところではないかと訝りながらかえって緩慢に頁を繰り、のべつ前のほうへ繰りかえし、大昔のこととはいえ大虐殺のことなどをつぶさに報告してもいたものだな、などといまさら驚くうちに、行をたどる目がおいおい、その場その場の意味はひととおり掴んでいるのだが上の空になり、草原の風景などを浮べたまま読み進めなくなり、部屋の静かさを、一人で暮す女の沈黙をまた思っていた。


 このようなものは前にも読んだ、というような感じを覚えることが増えたのは、一人の作者にしばらく立ち向かっていれば仕方のないことかもしれない。一つの区切り、けりをつける、つけたいがために刻苦して読み進める。他の多くの本に心惹かれながら、その多さゆえに手も出せないで一番苦しい一冊を選ぶ。
 しかし何度も離れながらも結局大江健三郎の小説はほとんど読んでいる。おそらく古井由吉もしばらくしたら憑かれたみたいに読みたくなる。大江健三郎の文体で埋め尽くされた本は、森に入り込むような気持ちで開くが、古井由吉は水の中で溺れ沈むような。印象というよりも両者ともにその言葉はその作品内によく出てくる。その言葉に帰る。
「栖」よりも登場人物は絞られ、狂っていた時ははっきり書かれていた精神病院の患者も正気に戻った後は後景に溶け込む。三部作は完結したが、「聖」「栖」の終わり方とそう違うわけでもない。まだまだ続きそうに見える。この続きは、あまり読みたくない。





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Last updated  2002/08/18 02:16:38 PM
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