2002/10/14
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 かつて私はこの本にとても感動した。とても速く読み終えた。一章ごとに「自分の細胞が生まれ変わっていくのが肌に感じる」くらいに素晴らしい作品だと思った。しかし今回読み直すとそこまでの感動はなかった。とても良い作品だ。だが退屈なところもある。とても良いところもある。そうでもないところもある。私はこの本がとても好きだった。だが二回読んだ今、その好きは少し変わってしまった。ただ打ち震えていただけのものの中身がなんとなく解ってしまった。


 わたしは半世紀を遙かに越えて書き続けてきました。わたしはわたしという井戸を掘り続けてきたのです。それがどれほど貧しい井戸なのか、わたしは誰よりもよく知っています。この井戸はとうに涸れ果てているのかもしれません。あるいは、この井戸からはもとより飲むに適せぬ、濁り水しか掬えぬのかもしれません。仮に、それが泥水だったとしても、わたしにはこの井戸以外から汲むことはできなかったのです。


「読み直し」を始めるにあたり、大江健三郎『奇妙な仕事』を手に取った。しかしこれは既に何度も読んでいた。ドストエフスキー「死の家の記録」を読み始めた。違う翻訳者のもので読んだ方がいいのではと思い、置いた。部屋を見渡すとこの一冊が目に留まった。「系統的に読むのはいつでも出来る。思い付くまま読み返していこう」と決め、読み始め、読み終えた。長編にもかかわらず、以前一度読んだ時から一年も経っていないにもかかわらず、再読に堪えた。


「ぼくたちの唯一の希望は」
 青年の声が、わたしを夢想から現実に引き戻しました。
「ぼくたちは、いちばんいい詩をまだ書いていないということです。そのことについてなら、ぼくは断言することができるような気がします」
「わたしは」
 わたしはそういいかけて、一瞬、口を噤みました。

 わたしが自問するように訊ねると、青年は心の底から可笑しそうに笑ったのです。
「あなたが? この国の詩をはじめたあなたが? ああ、なんて変なことをおっしゃるのでしょう。これを話したら、ぼくの友人たち、未来の優れた詩人たちはきっと腹を抱えて笑うに決まっています。先生、あなたはあんなにお書きになった。あれほど優れた詩や小説を、山のように。ということは、他の誰より、他のどんな若い詩人や詩人候補生よりずっと希望があるってことじゃありませんか!
 書かない者より書いた者にこそ希望がある。それが、詩人の論理です。先生、ぼくはあなたがうらやましい。ぼくはいまなにを書いていいのかわからない。ぼくには若さしかないからです。なのに、先生は若さ以外のすべてを持っていらっしゃる。そして、若さにはなんの意味もないのです!」


 先月か先々月か、どこかの雑誌で高橋源一郎と柴田元幸の対談。「90年代翻訳小説ベスト10」だったかそのような企画。相変わらずブコウスキーとエリクソン以外は私が読みたくなるような紹介のされ方はしてないなあと思いつつ。「ブコウスキーの悪影響」からいい加減抜け出して欲しいと思いつつ。『日本文学盛衰史』『官能小説家』以降の仕事は、『ミヤザワケンジ全集』以外「とても酷い」この人はしかしこのような作品を残してはいるのだと。誰に言うともなく思い出した。
 清白、透谷、啄木のパートはとてもいい。花袋部分は退屈。
 そういえば、気に入った箇所に付箋を貼り、後に文章を書き写す(とても、とてもサボり気味)ことを始めるきっかけになったのは、この本だ。ただ読み終え、置き、後は忘れるに任せるというのがどうも勿体なくなったからだった。

高橋源一郎「日本文学盛衰史」(講談社)





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Last updated  2002/10/15 12:22:38 PM
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