2003/06/28
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 雨の降る中、青信号の前で自転車を止めたまま服が透けるのも構わず女子高生二人が話をしていた。MDウォークマンでスマップを聴きながら登校していた時のハプニングの模様の後半を擬音だけで語っていた。最近の若者は擬音だけで会話が出来るのだ。
 こちらは『枯木灘』の中上健次と思って読み始める。ところがそこにあるのは句読点の多い細切れの文体ではなく、平明で掴みにくいヌルヌルとした文章だ。戦後短篇小説再発見11に入っていた『ふたかみ』が谷崎潤一郎『春琴抄』へのオマージュであることは言われなくても分かる。『ふたかみ』も含めこの短編集は全て谷崎に捧げられたものとは本の裏に書いてある。しかしその全てに盲目が絡んでくるとは思わなかった。どれもこれも目を潰し、潰され、生来の盲目で、と、目が痒くなる。
 次第にこちらも慣れてくる。『重力の都』で語られることが一瞬掴めずにわか盲目をこちらが演ずるようなことも最初のうちだけ、闇夜の空にも星は見える。


 まだ痛むのかと訊くと女は日の光が海の方から射し込み畑一面に当る頃になって嘘のように消えてしまったと言い、由明の股間に足を差し入れ、柔らかい太腿で由明の脚をはさんで、手足が痛むのはきっと山の向う、丁度畑に当る日の光が昇ってくる海の方向にあたる伊勢の方で墓に葬られて肉が溶けて腐り骨になった御人が、当然のように女の体をこれがくるぶし、これがひかがみ、これが女陰とまさぐるからだと言った。そうされると御人の肉や筋が腐って溶けてしまう時の痛みが女に伝わってくる。由明は女の話を聞きながら立てつけの悪い家だから外から寒気が入り込んで冷えて年寄りのように節々が痛むのだと思い、女の耳そばで男と一日中でもつるんでいるとそんな世迷い言は治癒すると言い、女の熱をおびはじめた体に促されたように固くなったものを夜中痛んでいたという手を取って握らせた。

『重力の都』より


 かつて『刺青』を暗唱してやろうと思った頃の私はもうおらず、中上は谷崎の文体模倣に成功しているかはよく分からない。そんな思いは思うだけで実行に移していない。顔のイメージもある。中上健次は不器用な人だと思っていた。今でも思っている。


 ことの他、暑い日が続き、縁台に咲いた草花のことごとく、萎れた。ひしゃくで水遣りしようとしても、日中は、どうせ湯になって根を傷めてしまうのが分かっているものだから、誰もがひかえた。それで、萎れたら萎れたなりに花には風情があると、うそぶいたり、なぐさめたりもしたが、なんとか暑さから救う案はないかと本心は溜息をついている。
「もう、かまんのやけど。何年も使(つこう)た鉢やし、なんべんもなんべんも種取ったんやさか」
「あんたとこでもろた種やけど、わしとこの、別の色、出た。ずうっとそれから変ってもせんと、同じ色出る」




 違う。全然違う。これは中上だ。谷崎ではない。中上健次の文章であり、谷崎潤一郎の文体模倣ではない。発表順に並べられたこの短編集は後半に進むにしたがい落ち着きを取り戻し、居心地の悪さを霧消させる。こちらが慣れたのではない。あちらが変化したのだ。だから飲み込みにくい『重力の都』より『残りの花』の方が好きだ。
 いつのまにか中上健次に手が伸びている。

中上健次「重力の都」(新潮文庫)





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Last updated  2003/07/24 02:28:50 PM
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