本との関係記

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2005/02/15

　あまり小説を読む気がない時は、詩集や句集を読む。歌集は読めない。「読み直し」に苦痛は伴わない。新しい小説に触れるのが億劫になるのだろう。
　雑誌「婦人之友」に1987年から1992年まで連載されたもの。石垣りんが自分の好きな詩を紹介しながら、解説とはいえない、自分とその詩との関係を散文で書いている。紹介された詩よりも石垣りんの文章の方が素晴らしいこともある。昨年亡くなったこの詩人に対する感傷を抜きにしても、だ。
　高等小学校を卒業してから定年まで銀行に勤めながら細々と詩を書き続けた詩人が時折見せる、人生に対する寂しさは、少し恐ろしい。清岡卓行『上野』の中の「家庭のない想像のみじめさ」という最終行にいつまでも心に棲みつかれ、八木重吉の無題詩の中にある「あるときは/うたをつくるのさへ悪であるとおもふ」に立ち止まり、餌を与えられていた野良猫が仔を生むのを見て、「自分のほうが、今は野良になったのだ」と嘆息する詩人。だけど彼女が、もっと違った人生を送っていたとしても、詩は書いただろう、あまり詩の内容は変わらなかっただろう、と思える。本で溢れかえり、テレビも置かないアパートの一室で一人詩を書き続けてきた彼女は、もういない。

長い間あなたはなぜ詩を書いて来たのか、その理由は？　と問われての言葉。

　いくつか紹介されている詩を写そう。

イルカは
もと陸上に住んでいたが
五千万年ほど前に
海へ還っていった生物だと聞いた
会話音の基本は七十五
日本語のアイウエオより多い
上は三百キロヘルツくらいの音を出す
ひとは十六か十七くらい
チンバンジーより段違いに秀れた頭脳を持つ
秀れた
というのはヒト側に立った計測の表現だが
海のなかでは
口をあけて泳いでいるだけで
エサが入ってくる
だから彼らは
ヒトが衣食住に苦労して努力するような
そんなあがきとは無関係に
暮らしてきた
もしイルカが陸上にとどまり
衣食住に努力していたら
ヒトは
これほどには栄えなかっただろう
という
いま彼らは海で
ふざけたり遊んだり
そのほかにすることがない
ただそれだけの話
めでたしめでたし

　　ある時　　山村暮鳥

わたしはうやうやしく
いつものやうに感謝をささげて
すうぷの椀をとりあげました
みると
その中におちて
蠅が一ぴき死んでゐるではありませんか
おお神様
じやうだんではありません

　　凛々と口笛吹いて　　中原中也

凛々と　口笛吹いて　地平の邊
　　歩き廻るは･･････
一枝の　ポプラを肩に　ゆさゆさと
葉を翻へし　歩き廻るは

褐色の　海賊帽子　ひよろひよろの
ズボンを穿いて　地平の邊
　　森のこちらを　すれすれに
目立たぬやうに　歩いてゐるのは

あれは　なんだ？　あれは　なんだ？
あれは　単なる呑氣物か？
それともあれは　横着者か？
あれは　なんだ？　あれは　なんだ？

　　地平のあたりを口笛吹いて
　　ああして呑氣に歩いてゆくのは
　　ポプラを肩に葉を翻へし
　　ああして呑氣に歩いてゆくのは
　　弱げにみえて横着そうで
　　さりとて別に悪意もないのは

あれはサ　秋サ　たゞなんとなく
おまへの　意欲を　嗤ひに　来たのサ
あんまり　あんまり　たゞなんとなく
嗤ひに　来たのサ　おまへの　意欲を

　　嗤ふことさへよしてもいいと
　　やがてもあいつが思ふ頃には
　　嗤ふことさへよしてしまへと
　　やがてもあいつがひきとるときには

冬が来るのサ　冬が　冬が
野分の　色の　冬が　来るのサ

　中也のは本当は「あれはサ　秋サ～」の箇所だけ引きたかったが、それだけではどうしてそこが気に入ったかよく分からなくなるようなので、くたびれながら全文写してみた。「横着」は原文では「横著」となっている。「たゞなんとなく」「おまへの　意欲を　嗤ひ」に来る秋の、無邪気な妖怪みたいな姿が可笑しくて。中也は、詩集を読むと病の気配が紙の間から漂い出てくるようで、触れにくい詩人であるから、あまり読み込もうとはしてこなかった。これを機会に、ということも当分はなさそう。昨年亡くなったもう一人の詩人、川崎洋にやはり気持ちは向く。

婦人之友社　　1992年

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