PR
Keyword Search
Calendar
Category
Comments
何だか無性にイライラしてきてタバコに手を伸ばした。マッチで火をつけ、天井に向かって最初の煙を吐き出す。人魂のような形の紫煙が、天井に吸い込まれるように霧散して消えていく。ふとその現象が寂しく思え、私は消えゆく煙を留めようと、空気をつかむように手を宙にさまよわせていた。
そんな私を、あなたは黙って見詰めていた。酔って少し充血したその眼差しが、哀れみをたたえているように見え、私は思わずカッとなった。
「羞恥心がないのかよ、いい歳こいて女子高生の格好してAVなんかに出やがって」
「やっと本音が出たな、でも逆にすっきりしたわ」
ガハハ、とあなたは豪快に笑ったが、カッとなった私の言葉に、酔ったあなたの顔色が変わったのを私は見逃さなかった。
自宅に例の写真とビデオテープを送りつけてきたのは、あなたが勤める病院の看護師達だった。どこからかあなたの過去の経歴が同僚のナースらに漏れ、それでなくても嫌われていたあなたをいじめる格好の材料になったというわけだ。そのことを知った私は烈火のごとく怒り、病院に乗り込んで話をつけると息巻いた。
「話をつけるって?」
とあなたは冷静に切り返してきた。誰と何をどう話をつけるの。
「主犯の女を割り出して、張り手の一発でもお見舞いして、二度とこんな卑怯な真似すんなって話をするんだよ」
あなたは笑った。そんなことしても無駄だよと。
「何でだよ?」
「だからあなたはいつまで経っても子供なのよ、もういい加減俳優なんて諦めてちゃんと働きなさい、社会に出て生きていくことの厳しさを知るの」
あなたが初めて私の夢を否定した。
翌朝、日勤で病院に出掛けたあなたは夜になっても戻ってこなかった。深夜、病院から連絡があり、霊安室であなたが首を吊って死んでいると告げられた。
それから数週間は、あなたの死んだあとの処理に追われた。警察やら役所やらを回って、ややこしい様々な手続きをさせられた。
あなたの死を通して、私はちょっとだけ社会の煩雑さを知った。
私は今、街の外れの小さなアパートを借りて一人で住んでいる。新しく始めた、ひたすら石材を運ぶハードなアルバイトにも最近ようやく慣れてきた。
時々あなたが夢に出てきて私に忠告する。
「もうそろそろ就職してまっとうに働けよ」
その度私はとぼけた振りしてハイハイ、と適当に相槌を打つ。あなたは笑って、嘘つけよ、とげんこつで私の肩を小突く。
私の住むアパートの部屋の窓からは、あなたとの生活の名残で一晩中明かりが漏れている。
相変らず私は、あなたが暗闇を怖がる理由を知らない。