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スイッチバック線路沿いに紫陽花 菊陽町 35年前が甦る 緑の道よ 木村くん この道ふたりで よく走ったよね風景流れても思考動く わけじゃなし35年前にタイムスリップ大津道ざるそばが食いたいぞ クマモト ミニは彼のため 俺のためじゃない ことだけは確か ケータイも デジカメも 捨ててしまえ旅 綺麗な女は 努力して綺麗なのか 夏 降りてみて はじめてと気づいた 熊本駅サングラスしてたら隣に誰も座ってくれず あの制服 可愛いなあ 撮ったら犯罪かな昨日今日のこと忘れないお天道様 あさってから また働くよ コツコツと木葉駅で降りていった ミニスカート川がなんだ橋がなんだミニがいい菊池川いま横切ったマツナガよ元気か次は荒尾です博多方面の方は…あとは聞こえず冷水で顔洗いたいわたしです目薬さそう羽犬塚駅でとまったときに我慢しよう我慢してまた旅に出よう 車窓の光景 茜色になりだした もうすぐ博多駅 母よ 旅のおわりに あなたのことを思っているよ
2014.07.02
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写真を見て即席で575を詠めたら最高に楽しいだろうと思う
2014.06.05
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写真凡句をそろそろ発表したいのだができないんだ車の中でできたと思っても車をとめたら消えてたりして粘り強く待つ降りてくるはずだいや湧いてくるかもしれない
2014.01.12
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ホメラレモセズ苦ニハサレテ師走哉 わが胡坐円く埋もれ眠るタマ哉
2010.12.04
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あさひって漢字で書いてもなんだか気持ちにぴったりこないんだ。朝日(新聞みたいだろう?)朝陽(ちょうようって読みたくなるだろう?)旭日(小林旭を連想するだろう?)造語作ろうかな・・・「朝光」=あさひ=日の出のときの朝の光の意味ね・・・労働をしていたときはこの時間帯は通勤じかんだった。このまぶしさをあびながら出勤していたんだが朝日がきれいだとか美しいとか感じる心よりも一日の仕事のことを思うことに心は使われていた。よってどんなにまぶしく美しい朝光にてらされてもそれはそれだけのことだった・・・厳密には労働者も感じているんだ寒さ冷たさまぶしさ美しさ紅葉黄葉でも、そんな叙情や情緒に浸っている暇なく目の前にあらわれてくる「賃金労働」に追いたてられてゆくしかないんだ・・・神様はお日様はすべての人に平等に光を注いでくれていても受け止める側の心に余裕がないんだと思う仕事を辞めたことによって貧しくなったが別のところですごく豊かなものを感じているのが正直な気持ちなんだ・・・自由律俳句です。かじかむ指の朝を歩いている金のない俺にも朝光はまぶしい仕事が消えたら朝光がまぶしい朝日のようにさわやかに
2010.11.17
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ピンクのお顔を見せておくれ あかいお顔も見せておくれ
2010.11.14
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ゆのちゃんから届いた14文字です。こっそりアップ!英彦山の足下見れば思ひ草
2010.11.14
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国東半島一周しながら思いついた一句いや凡句読んでもらえますか?ウコンみてウンコもよおす道の駅もうひとつひねりがほしいけど俺才能ないんだ・・・まちがえてウンコの力飲んじゃった 明日もいいウンコがでますように・・・
2010.11.07
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共有を求めるほどに孤独とならむ
2010.11.07
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今川の水の煌き朝死に生きる
2010.11.07
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長崎の母にみせたし秋の赤英彦山への道を完全に忘れていた。ナビゲーションに案内されるままに車を走らせた。こんな山奥だったのかと思いながら20年前を思い出そうとするのだったが何も思い出せなかった・・・。英彦山に着いて地元の人と話すとここ数年で新しい道ができてあらゆることが変わったそうである。「わからなかうてもしかたがないでゆよ」と、なぐさめられた・・・
2010.11.05
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かんぬきのサビやゆがみに時の流れを感じたことを写真凡句にしたいのだが出来ないのです・・・ところで上の写真も閂(かんぬき)だよね?
2010.07.26
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どん底に希望が見えた寝床かな「糞食らえ!」強がってみたが弱かったCTの白い影絵に見る己闇にいて光を見るが如しいのち造作なく見た瞬間に出るビュッフェ死ぬ生きるそのはざ間にも絵を見てたペン投げつけたあの日あの時父と子よ「お前にまかせる」ってまだ早いぜその台詞肉体の苦痛に教えられ夕焼けどうにでもしてくれどうにかしてくださいそのくりかえし今を生きるただ今を生きることのみ今宵を越えたところにまた俺がいるいない山頂の夏雲の如く希望わく耳鳴りが伝えんとする意味を聞く愚かさを捨てよと云うか苦と病みとケセラセラそんな強がりももうやめた目を閉じてひらきなおりに調べ飲む反省に身を貫かれた夜が逝く鉛筆の有難さかな凡句あり息ひとつないものねだりさようなら指なめるタマに「ありがとう」って云いたい足先の冷たさも蒔いた種指の痺れ喉の渇き愛だった
2010.06.07
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水色のブラジャーがまだ僕のことを好きだって分倍河原という駅で南武線を降りて多摩動物園方面にいくため別の電車に乗り換えなくちゃいけなかったんだ。その分倍河原のホームで毎日見かけた女性彼女の白いブラウスからくっきりと水色のブラジャーが見えてて僕は彼女の背中に恋してた。そんな夏があったんだ。みんなにもそういうことってあるよね?夢みたあとで
2010.06.07
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「この指と~まれ!」だれも握らなくなって久しい「この指と~まれ!」なんて最後に言ったのはいつのことだろう?この指をたしかにつかんでくれた友達の顔さえ忘れかけている・・・トッチャンヨッチンターボフクチャンみんな元気で生きてるかなあ?下品か下品でないか?基準はどこにあるのだろうか?たとえばたとえばこの写真はトイレで撮った。「トイレで撮った」と、書くのは「下品でない」とする。僕の場合「うんこをしながら撮った」と書いてしまう。で、「下品」というレッテルを貼られる。むしろそのレッテルを求めているのかもしれない。この指とまれ↑吉田拓郎の歌もそこそこいいけどuchitamaさんの写真センスに拍手!そしてありがとうを言いたい!吉田拓郎にも感謝!その指にとまります! 日課は食うこと寝ること更新することそして出すこと5・7・5の定型詩も季語も切れ字も切れ痔も糞食らえだ!書きたいように書く!仕事を辞めて2ヶ月が過ぎた。働く意欲は相変わらずわいてこない。妙な足音が聞こえる。ちょっと不気味な足音が聞こえる。「埋もれ火のアンソロジー」は自分で読んで楽しい。書いて楽しい。聴いて楽しい。でも、飽きてきた。指も「疲れた」って顔してる。夢・花火↑40代50代60代にはGARNET CROWを好きになるって無理なの?そんなことないよね!現に俺が好きなんだから!あえて言ってみよう!GARNET CROWが好きな人この指、と~まれ!
2010.06.03
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雹(ひょう)が降る水無月二日博多の森を車で走っていた。さっきのこと。雨がボトボトという音を立てて降り出した。写真にボンヤリ写ってる場所を探してたので雨を意識してなかったらなんだか車の屋根に石ころが落ちるような激しい音。右の聴こえない耳からはキ~ンという耳鳴りと激しい雨音が左の耳から、左右から攻撃されてるような感覚だった。で、ふと気づいたら大きな雨粒だと思っていたのは水の塊ではないか!雹(ひょう)じゃないか!窓ガラスを割らんとばかりに激しく叩きつけてきやがる。午前中、積乱雲入道雲を月隈の緑の杜から眺めたんだ・・・。普段ならこんな状態にも臆病でない僕なんだがなぜか今日は気弱になってヤマダ電機の屋根つき駐車場に避難したってわけさ・・・。狂った果実↑なぜかこの冬の歌が口から出てきた。♪ひとしきり傘濡らした冬の雨~♪
2010.06.02
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吉田拓郎が深夜ラジオで弾き語りで歌ったのを録音した。それから歌詞をノートに書き写した。そしてコードを適当につけて歌った。吉田拓郎のようには歌えなくても自分では気持ちよく歌えた・・・。そして、天地真理のレコードを手に入れて聴いた。ガッカリした。天地真理の責任ではない!アレンジャーたちのセンスのなさ。この歌は、天地真理のBESTCDにも収録されない。でも、こうしてyou tubeにしてくれた人には感謝。どんなにガッカリさせられた歌でもそれが思い出になることだってあるんだ。さよならだけを残して
2010.06.01
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鳩もいるおみくじもあるあなたがいない一度だけ、おやじおふくろおれの3人で愛宕神社に来たことがある。おれが二十歳の頃だから、おやじが46才でおふくろ43才の頃ってことになる。そのたった一度だけの親子3人での愛宕神社が一番心に残っている。おやじが死んでくれたおかげだろう。おやじが生きていたら思い出BEST1にはなっていなかっただろう。あの頃っていつの頃だろう幸せだった石段よ足を拒まず愛宕山オーイおまえら~俺 今愛宕にいるぜシンチャン、マツナガ、コツボ、カサギ、ヨシダ、チビヤマグチ、ハヤシ、お前らみんなの心も一緒にぶらさげて俺が代表で愛宕神社に来てるぜ!来週は能古ノ島に行ってくるぜ!愛宕神社から 中央が能古島(のこのしま)右が志賀島(しかのしま)左の奥が糸島半島(いとしまはんとう)そよ風に吹かれている五月の杜能古島の片思いby井上陽水
2010.05.29
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得意そうだなスカートめくりが海風子供の頃からスカートめくりだけができなかった。(できなくて当然だ!という声が聞こえたよな・・・)ほかのことはたいていできたんだ。勉強は自称神童で何でもできたし縄跳びのあらゆる技も鉄棒の基本的技も跳び箱なんて大好きだったし走り高跳びもベリーロールが得意だった。KISSのテクニックも素晴らしいと多くの女性から絶賛の声をあびた。が、しかし、である。スカートめくりだけはできなかった。度胸がなかった。勇気もなかった。臆病だった・・・。イワフジもカツもマサオもみんな平気でスカートめくりをするのにぼくにはできなかった。今もできないと思う。海風に吹かれてここに白いワンピースを着た少女を描いたんだ。その少女のスカートが海風にめくられてゆく絵を妄想したんだ・・・俺ってアーチスト?単なるスケベ?自分ではすごく素直な素敵な性格だと思ってるんだが・・・この写真携帯カメラなんだけどなかなかいいアングルだと思わない?福浜団地に行けばこの風景と会えるよ。海風
2010.05.27
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写真は写真俳句の素材らしくなってきつつある。こういった身の回りのもので写真俳句をつくりたいんだ。でも、な~にも出てこない・・・ピンからキリまで道具も体も道具はいろんなヘッドホーンのこと体は自分の右耳の聴力がなくなったということそれを軽く「ピンからキリまで」と言ったものの伝わらないよね~。ヘッドホーン眼鏡と鍵と五月の風ものを並べただけだもんな~ヘッドホンをかぶって眼鏡をかけて車のキーをもって五月の風の中に飛び出すそんな前向きな俳句なんだけど・・・
2010.05.24
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青いポストに天国からのメッセージ七七五調だなあ~。もうすこしで都々逸だぜ。でも、味も素っ気もないな・・・西日が右斜め上から射してるだろう?この一瞬を撮ったのは偶然。ならば、自由律も偶然に産まれてこないかな~。タマ、ここがおまえのふるさとだこれじゃまったく写真を無視しているしなあ~即興って難しいや・・・剥がれたペンキの青いポストが証人さ何が言いたいの?だけんなあ~ん?って声が聞こえる・・・
2010.05.24
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うまれたばかりのいのちゆびでいとしむ5・7・5でがんばってみよう!つれないねそのつれなさがいとおしく季語?季語は苦手なんだ・・・子猫です後姿ですこっち見てもう勘弁して・・・そのうち「写真俳句」上達してみせるから・・・
2010.05.21
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働くも働かずも時流る賃金肉体肉欲労働者の時間帯にはその「仕事をしている」という大義名分によって時間が流れた労働者の肩書きを自ら捨てた今や無業者として呼吸しているのだがおんなじように時間は流れる同じようにお腹がへる。同じようにうんこがしたくなる。同じように性欲がわいてくる。同じようにお風呂に入りたくなる。同じように眠くなる。息をする食う出す眠る恋をする以前このようなTANKAを書いたような気がする。にばんせんじゅだ・・・楽天で「写真俳句のすすめ」を買った。
2010.05.20
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今日はまったく思い浮かびません。「埋もれ火のアンソロジー」ファンのちからにすがってみます。温泉にいってきます。青空が海ならわたし深海魚逆立ちさんが素晴らしい俳句をコメントに残してくださった。あいがとうございます。いい温泉でした。いい夕食でした。ガマくんとふたり久しぶり並んで足湯。しかし、ガマくんの左に寝転んでも会話できてたのに今日は聞こえなかった。やはり右耳は聞こえなくなったのかと実感。左耳があるからまだ大丈夫だよ。
2010.05.19
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写真を見ながら俳句でも川柳でもどどいつでもいいんだけどとにかく「ことば」=「こころ」を外に出すってなかなか難しいんだ。楽しみってのは苦しみ。苦しむってのは楽しみ。あ、これってすでに自由律かもね・・・分け入っても 分け入っても 青い山これは種田山頭火の自由律ね。ここに近づく努力をすればいいわけね。どこかへ行く道がある青が山頭火、黄色がコックン。ちょっとした実力の差でしょ?ふりかへらない 道をいそぐ山頭火くん、なかなかやるよね。降参してるけどリズムをパクルのさ。おなじことをくりかえすそうなればいい道みんな道を歩いていてみんな道の途上にいて威張ったり謙遜したり自慢したり落ち込んだりみんな道を歩いていてみんな道の途上にいて夢をみたり幻滅したり愛されたり裏切られたりみんな道を歩いていてみんな道の途上にいて頑張ったり怠けたり立ったり横になったりみんな道を歩いていてみんな道の途上にいてみんな道を歩いていてみんな道の途上にいてみんな道を歩いていてみんな道の途上にいて
2010.05.18
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えんとつが「あんたエッチね」って言い合ってる「H(エッチ)」という言葉を使い出したのは昭和40年頃だった。クラスの誰かが言い出してあっという間に広がってニュアンスだけで「エッチ~~~!」という言葉が「すけべ~~~~~!」と同意語みたいに使われはじめた。調べたら「変態=HENTAI」の頭文字の「H」から「エッチ」がはじまったそうだがぼくの「エッチ歴」ももう45年の歳月を積み重ねてきたわけだ。近年、明石家さんまによって「エッチする」という言葉が世間で使われはじめ「エッチする」=「せっくすをする」という意味になってきた。言葉というものが時代の中で生まれ使われ方や意味も変わっていくんだと「H」という言葉ひとつからも実感するわけである。歌で最初の方は忘れたがサビの部分だけは覚えている。♪エッチね~エッチね~あなたエッチね~♪
2010.05.17
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あれもこれもまぼろしブランコゆれる新しいシリーズです。「写真俳句」というそうです。 2005年に森村誠一が提唱した「写真俳句のすすめ」という本がマスコミで絶賛され、読者の圧倒的な支持を得たそうですがぼくは昨日出会ったばかりです。種田山頭火と尾崎放哉ばかりしか読んでこなかったから少し視野を広めてみようと思います。しかし、写真は何でもいいと書いてあったからとりあえず写真を決めて今までじーっと考えて作ったのがうえの自由律俳句です。森村さんの本も読まずにすぐ真似るのがぼくの得意であり欠点でもあります。ま、あなたもやってみませんか?と、仲間を誘ってるのが本音かな?
2010.05.16
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