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夏の嫁、第二段。今日からブルルの叔母が遊びに来る。以前何度も登場している、自分で「わたしは壁さえ喋り倒す」と笑う、お喋りの猛者である。独身の彼女は、ブルルを自分の息子のように、そしてわたしの事も自分の娘のように、可愛がってくれる。そうそう、可愛がって貰っているんだから、感謝しないとね。遥々ジョージアから来てくれるんだから、喜ばないとね。子供らも目茶目茶、実の孫以上に可愛がってくれるしね。ただ、これも何度も書いているけれど、食べられるのはハンバーグ、ミートスパゲッティー、ホットドッグ、ピザ、ぐらいなので、そのローテーションはちょっとキツイなあ。きっと、日本でもアメリカでもその他でも、みんな頑張っているんだしね、わたしも夏の嫁、がんばるぞ!
July 19, 2013
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ブルルの両親は満足して帰って行った。ベッドルーム・バスルームを普段に戻しお洗濯を済ませると、わたしは、ま、終わり良ければ全て良し!と、この一週間をこれまでの結婚生活から無理矢理分離し、一度寝たら忘れる性格が欲しいーと思いつつ、結構立ち直りは早いので、お陰様で割りとけろっとしている。うじうじ反省会をした方が賢いようだが、もう16年の経験で、失敗から学んだつもりでもその応用が出来る程の一貫性が相手には無いのを知っているから、また今度の日まで忘れましょ、と言う気分になるのである。学ばない、行き当たりばったりなのは、結局嫁としてしっかり受け継いでいるって事?!がっくり。ブル乃助が今のブルエぐらいの時にミシガンから引っ越して来たので普段お家で日本語ばなり喋っている赤ん坊に英語で話しかけてきょとん、とされたのは今回が初めてだった。勿論日本語も話したけれど、遠くから来てくれた老夫婦に悪くて、ブルエの片言の日本語を訳したり、彼らの前では英語で喋ったりした。ブル乃助などは、わたしには日本語で話しかけないと相手をして貰えないと骨に沁みているので(?)外野が居ようが居まいが、わたしには日本語で話す。英語の時より、ずっと幼い感じで、それでも頑張って一生懸命話す。どうしても単語が出て来ない場合は、余りにももどかしそうなので助けてやったり、本人が降参!と言う感じで訊いて来たりはするが、なんとか成り立っている。だから、わたしは一寸悲しいのだけれど、日本語漬けの後、ブルルが帰って来た時などは、心なしかブル乃助は生き生きと英語であれもこれも喋って止まらない。わたしにも聞いて欲しい時にも、敢えて「Daddy,」と文頭に付け、ブルルに話しているように話し始めて英語で済ませようとしている。(考えすぎかな。)ブルルが居る時も、全員共通の話題の時は英語、でも、母息子の間は日本語、ブルルが分からなかったら訊いて来るし、分かれば英語で参加する、そうすると余程気をつけないと、その内全員英語になる。例えば、アメリカ人の友達の集まりに行ったり、親戚で集まった時には子供だけに分かれば良い内容は日本語だけれど(「鼻かんでらっしゃい。」とか)周りの大人にも聞いて欲しい場合は英語(「コーラはそれでお仕舞いよ、あとはお水。」とか)を使う。微妙に、周りの大人にも、「もうやらないでね」と伝える時とか、そういうのを、もう考えずに使い分けている。ブル乃助の時は、英語が喋れないまま大きくなったらどうするの?と、周りに心配されるのが嫌で、Hooed on Phonicsやらテレビも使って英語も教えていたが、今となっては全く杞憂だと証明されたので、ブルエ(23ヶ月)はキンダーガーテンに入るまでは日本語オンリーで接するつもりだ。だけど、ブルルの両親が居たり、今月は伯母様も遊びに来る予定だったり、近所の子とプレイデートをしたりパーティーが有ったり、そういう時には抱っこして世話している時以外は英語も話す。ブルエの今の語彙力は、やっぱり二ヶ国語なので遅くて、言われたら分かる単語はもっと有るけれど、自分でいつでも言えるのは「ママ、ダダ、おにちま、わんわん(動物全般)、てんてん(天道虫、他虫全般)ぶどぅべでぃー(ブルーベリー)、おいちおいち(チェリオ)、いちご、くーい(キウイ)チキン、牛乳、電気(天井の扇風機も含む)、ぽーんぽーん(ボール、風船、丸い物全般)雨、はっぱ、おふろ、おちっこ、ぷーぷー、おちた、できた、いたいいたい、はあーい、平安五段、キアイ、きれいきれい、かわいー、いいねー、まーす(いただきます)、ぱんかーい(乾杯)、ナイナイ、はいどうど(どうぞ)、あっとー(ありがとう)、もう良いの、など、使い方がおかしいのがまた面白くて(親ばか大爆発中、すみません。)「はいどうどーーーー!」と絵本を持って読めとばかりに突進して来たり、怒って泣いている時にこんな物で騙されるものか、とばかりに「もういいのーーーー!」とぬいぐるみを投げたりする。感情の起伏は、ブル乃助がびっくりするぐらい、ブル乃助より激しい。絵本と言うのは実はとっても危険で、寝転がって仲良く遊んでいたつもりなのに、突然ギロチンみたいに首に落とされたり、分厚いページにまだ指が挟まっているのに閉じられたり、する。寝転がってぬいぐるみでわたしの得意の一人5役で遊んでやっていたと思っていたら、突然人の顔に座って来る。人の顔に座るか普通???英語では、Daddy, Grandpa, Good girl,I feel so pretty(歌)、Squirrels、Baby、All gone、No!など。やっぱり英語が少ないなあ。でも気にしなーい。去年会話の出来るブル乃助と日本に帰国中は、英語を忘れたら大変!なんて心配はせずに日本語だけで色々話した。彼も小学校に通って色々覚えて来たし(余計な事も含めて。「別に」とか。)彼のハーフの容貌とたどたどしい関西弁でも、自分は特に浮いた感じはしなかった。これが、もしわたし達が結婚してから日本で暮らすと決めていたら、重点を置くのは英語教育だろうし、それはこちらで日本語を教えるよりは簡単だけれど、わたしとブル乃助が道を歩きながら英語で喋っていたりしたらそれはそれで変だろうなあ、と想像したり。今この瞬間は英語で話すべき?日本語にしようか?と考え込んだ事は無いけれど、常に小さい迷いと戦っているような感じは、する。鷹が襲って来る訳じゃないけれど蚊に囲まれている感じ?わけわからん?例えば将来ブル乃助が結婚を前提のお嬢さんを連れて来るとかアメリカ人と結婚すれば、そこからはずっと英語になってしまうのかな、だったら今頑張って日本語にこんなに躍起に固執している意味は有るのだろうか。そう言うと、ブルルは、ブル乃助は将来日本人と結婚するって言ってるよ、と。え?そうなの?初耳だー。家庭内の両親の言語が違い、その上外では英語と言うご家庭も、時々聞く。そんな人は、わたしが迷う事なんて、ちょろいんだろうなあ。
July 11, 2013
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今年は日本へは帰らない。その代わり、いつも見逃しているアメリカの夏の行事や風物詩に意識を向け、こちらの親戚や友達と沢山遊ぼう、と思っている。それで、早速、月曜日からブルルの両親が来てただいま逗留中である。一日の、長い事!!!!!!!!!!行き当たりばったりで計画性の無い事!!!!!!!はー、すっきりした。今日も、昨日からお天気もちゃんと見て、お昼はピクニックを予定していたのに、山ほどお洗濯を頼まれた。持って帰る振りなんてしなくていいからいつも通りハンパーに其々色物・白物入れておいてくれたら昨日一昨日から量に合わせてお洗濯したのに!洗濯機乾燥機二度ずつ回してギリギリお昼かな、と思っていたら、外出先から電話があって、ブルルパパ「やっぱり暑いからモールに行こう。」って。モールかピクニック、と話していた時はブルルパパはモールは好きでないのでピクニック、ブルルママもそれで同意していたのに、わたしの中で濃厚なのは、やっぱり暑いとかあれが買いたかったなんとか言ってブルルママが文句言うのを聞きたくないから弱気になった説。ブルルママは自分の近所より大きいモールに来たら生き生きして3時間は歩き回る。いつも、わたしがお供するか途中で男性と別れて、単独で案内して、決められない中あちこち探して回る。最初から何がなんでもモールに行きたかったくせに、だったらそう言ってくれれば良いのに、そうしたらピクニックの準備なんてしなかったのに。なんというか、これこれこういうオプションが有りますけどいかが?と聞かれた時の決め方が下手と言うか、正直に言ってくれないのはもてなされ慣れていないからか、でも車二台で子供二人連れて女王陛下のお供するのもアホらしくて、今日!はじめて!「わたしはお洗濯有るし、もうお昼だし、食べたらブルエ(23ヶ月)は寝るし あなた達だけで行って来てねー。」と!(「!」多過ぎ!)言った。一寸びっくりした感じのブルルとブルルママ・パパは一応納得し、なんだかブツブツ言うブル乃助(8歳)に、しっかりブルルママの目になるように言い含め(老眼鏡を掛けないから価格も素材も読めない)、見送った。はー。そうしたらそうしたで上手くお買い物出来なかったとか聞いたら罪悪感を持つのかしら自分でも余りに面倒臭くて人事のような気分で居た。そして、アイロンを大量に掛け、掃除機・モップをして、お昼の食洗機を空にしていたら、帰って来た! はや!別にモールも嬉しくないし、欲しい物も無いし、かと言って彼女一人にしていつも(わたしが居る時)のように時間を決めて放すのもあれだし、かと言って詰まらないのは態度にみえみえなので、ふん!じゃあもう帰りましょ!となったようである。折角行くのなら、存分見せてあげれば良いのに、一人にさせてあげた方が本人は嬉しかっただろうに、そこは、男の人にはちーーーっとも解らないんだなあ。きっと、バイキングに行って小鉢だけ食べたような気分だと思うよ、と、折を見てブルルには説明してみようと思う。ブルルと言えば、昨日で結婚16周年だった。一寸子連れでは無理そうな、素敵なレストランに二人で行く間、ブルルママとパパは用意していたご飯を子供達と食べシッターをしてくれた。ブルエをお風呂に入れようと8時過ぎに帰って来たら、既にお風呂に入れてもう寝かされていて、ブル乃助は自分のお風呂で鼻歌を歌っていた。去年日本での里帰り中以来、一年ぶりの夫婦だけでの外出であった。わたし達は見も知らないベビーシッターにお願いするのは出来ないので、二時間くらいではあったけれど貴重な時間だった。大事なブルルの父と母、彼を育ててくれて、わたしを受け入れてくれて、孫にも優しくしてくれるし里帰りも気持ち良く行かせてくれる。ブルルもわたしの両親にはアメリカでも日本でもよくしてくれるし、日常日本との繋がりをわたし以上に模索してブル乃助に伝えようとしてくれるし、日本語補習校や一時帰国も、当たり前のように協力してくれる。嫌な思い出も沢山有るけれど、今は無理矢理良い事を頭の中で列挙して、感謝の気持ちを搾り出し、いつか後悔する事のないように励んでいる。出来る事をしなかった後悔は、出来ないけれど頑張ってやり過ぎた後悔よりも、深いと思うから。後悔をしないように、と、する努力は、結局は自分の為なのだから。と思ったら、やっぱり今日モールをご案内差し上げるべきだったのかしらん。・・・・・。ブルルの両親の逗留は第一弾で、これから親戚友人が次々と遊びに来る事になっている。来てくれる人が居るのを、有り難く思わねば、と思いつつ、やっぱり、これが自分の血縁や友達ならもっとお膳立ても楽しいのに・・・それは、何を喜んで貰えるか解っているつもりの高慢から来るのか、何もしないでぼーっと座っているだけのブルルの両親が満足しているのか心配なのか、ぼーっとROKUの映画を観たりする横でネットのニュースを読んでいるブルルにやきもき。お仕着せのツアーこそ用意しないものの、こんなに淡白な思い出で後悔しないのだろうか?そう思うのは、自分の価値観を絶対と思ってしまっているからなのか?ああだこうだ思う自分の未熟さをひしひしと自覚する。
July 7, 2013
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