趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

March 21, 2010
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カテゴリ: 国漢文
【本文】十六日、けふのようさりつかた京へのぼるついでに見れば、山崎の小櫃の繪もまがりのおほちの形もかはらざりけり。「賣る人の心をぞ知らぬ」とぞいふなる。
【訳】二月十六日。今日の夜になるころ、京へのぼるときに、見ると、山崎の小櫃の絵も、曲の大釣り針の模型も昔と変わりがなかった。

【本文】かくて京へ行くに島坂にて人あるじしたり。必ずしもあるまじきわざなり。立ちてゆきし時よりはくる時ぞ人はとかくありける。これにもかへりごとす。
【訳】ところで、京へ行く折に、島坂である人が我々一行をもてなした。必ずしもやるとは限らない行為である。出発してゆく時よりは、もどってくる時のほうが、他人はこんなふうに見返り目当てに接待するものなのだなあ。この者にもやはり返礼をした。

【本文】よるになして京にはいらむと思へば、急ぎしもせぬ程に月いでぬ。桂川月あかきにぞわたる。人々のいはく「この川飛鳥川にあらねば、淵瀬更にかはらざりけり」といひてある人のよめる歌、

「ひさかたの月におひたるかつら川そこなる影もかはらざりけり」。

【訳】夜まで時間をつぶしてから京に入ろうと思うので、急ぎもせずくつろいでいるうちに月が出た。桂川を月の明るいときに渡った。人々が言うことには、「この川は飛鳥川ではないから、淵も瀬も全く変わりがないなあ」と言って、ある人が作った歌。
「空の月に生えている桂と同じ名の桂川、水面に映った月の光も昔とまったく変わらないなあ」。

【本文】又ある人のいへる、


又ある人よめる、

「桂川わがこころにもかよはねどおなじふかさはながるべらなり」。

みやこのうれしきあまりに歌もあまりぞおほかる。
【訳】また、ある人が作った歌、
「空の雲のように土佐の国から遥かへだたっていた京の桂川を懐かしさに涙で袖をびっしょりぬらして渡ったなあ」。
また、ある人が作った歌、
「桂川は私の心とつながっているわけではないが、帰京の万感の思いと同じぐらい深く流れるようだ」。

【本文】夜更けてくれば所々も見えず。京に入り立ちてうれし。家にいたりて門に入るに、月あかければいとよくありさま見ゆ。
【訳】夜が更けてからやってきたので、昼間なら目にはいるはずの寺院など各所も見えない。京に入って自分の足で土地を踏んで帰京の実感が湧いて嬉しい。家に到着して門を入ったところ、月が明るいので非常によくありさまが見える。


【本文】聞きしよりもましていふかひなくぞこぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり。中垣こそあれ、ひとつ家のやうなればのぞみて預れるなり。さるはたよりごとに物も絶えず得させたり。こよひかかることと聲高にものもいはせず、いとはつらく見ゆれど志をばせむとす。
【訳】聞いていた以上に、言葉に言い尽くせないほどひどく破損していた。家屋に加えて預けておいた人の心も荒れてしまったのだなあ。隣家との間には中垣があるが、一軒の家みたいなものだからというので、むこうが申し出て預かっっていたのだ。それにもかかわらず、折あるごとに、預かり賃がわりに贈り物も絶えずやっておいたのに。「今夜帰って来てみたらこんなことになっていたなんて」と家の者たちが大声で隣家に聞こえるように不平を言うのを制した。隣人の管理のいい加減な態度は非常に薄情に思われ、こんな荒れた我が家を見るのはとてもつらいけれども、いちおう謝礼はしようと思う。



【訳】ところで、池のようにくぼんで水に漬かっているところがある。確か、そばには松もあった。五年か六年留守にしているあいだに千年も経過してしまったのだろうか?千年の樹齢を保つといわれる松の大半が無くなってしまっていた。最近生えたらしい若い木が混じっている。屋敷の大部分がみんな荒れてしまったので、「あーあ、こんなことってあるかしら」と人々が言った。

【本文】思ひ出でぬ事なく思ひ戀しきがうちに、この家にて生れし女子のもろともに歸らねばいかがはかなしき。船人も皆こたかりてののしる。かかるうちに猶かなしきに堪へずして密に心知れる人といへりけるうた、

「うまれしもかへらぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ」

とぞいへる。

【訳】こうして久しぶりに我が家に立つと、思い出さない事もなく、なかでも恋しいことは、この家で生まれて土佐へ連れて行った女の子が、土佐から一緒に戻ってこなかったので、どんなに悲しいことか。船で一緒に帰ってきた人たちも、みんな家の荒れようを見て腹を立てて不平を言っている。そうこうするうちに、やはり悲しみにこらえきれずに、こっそり心の通じ合っている人と作った歌、


【本文】猶あかずやあらむ、またかくなむ、

「見し人の松のちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや」。

わすれがたくくちをしきことおほかれどえつくさず。とまれかくまれ疾くやりてむ。
【訳】それでもまだ気がおさまらなかったのであろうか、また、こんなふうに作った。
「面倒を見た隣人が、松が本来の樹齢千年を保つようにきちんと管理をしていたら、松が枯れることもなく永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、せずにすんだものを(面倒を見た者が松が千年もの樹齢を保って長生きするのと同じように長生きできるように死んだあの子の面倒をしっかりみていたら、遠い土佐での悲しい死別をせずにすんだものを)」。
京を旅立ってから帰ってくるまでのあいだに、忘れようにも忘れられない残念なことが沢山あったが、残らずここに書き尽くすことはできない。まあ、とにかく、この色々あったいやなことを一刻も早く忘れてしまおう。





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Last updated  March 21, 2010 09:47:07 PM
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