趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

August 29, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】津の国の難波のわたりに家してすむ人ありけり。
【訳】摂津の国のなにわの辺りに、家を構えて暮らす人がいたとさ。

【本文】あひしりてとしごろありける、女も男も、いと下種(げす)にはあらざりけれど、年頃わたらひなどもいとわろくなりて、家もこぼれ、使ふ人なども得ある所にいきつつ、ただ二人すみわたるほどに、
【訳】互いに慣れ親しんで長年過ごしてきた、この女も男も、あまり身分の低い者ではなかったけれども、数年来暮らし向きなども非常に悪くなって、家も破損し、使用人なども、財産のある所に行ってしまい、たった二人きりで住み続けていたが、

【本文】さすがに下種にしあらねば、人に雇はれ使はれもせず、いとわびしかりけるままに、おもひわづらひて、二人いひけるやう、
【訳】そうはいうものの、やはり、身分の低い者ではばいので、他人に雇われ使われもせず、非常に貧しい生活を送っていたので、思い悩んで、二人が言ったことには、

【本文】「なほ、いとかうわびしうてはえあらじ」男は「かくはかなくてのみいますかめるをみすてては、いづちもいづちもいくまじ」女は「男をすててはいづちかいかむ」とのみいひわたりけるを、男、「をのれはとてもかくても経なむ。女のかく若きほどにかくてあるなむ、いといとほしき。京にのぼりて宮仕へをせよ。宜しきやうにもならば、われをもとぶらへ。おのれも人の如もならば、かならずたづねとぶらはむ」など泣く泣くいひちぎりて、たよりの人にいひつきて、女は京に來にけり。
【訳】「やはり、とてもこんなふうに貧乏では生きて行けまい。」男は「こんなふうに空しくばかりいらっしゃるように見えるのを見捨てては、どこへも行くまい。」女は「男を捨ててはどこへいこうか。」とばかり言いつづけていたが、男が、「おまへはどのようにしてでも、きっと生きていけるだろう。女がこのように若い状態で、こんなふうに貧乏暮らしでいるのは、非常に気の毒だ。上京して貴人のお屋敷にお仕えしなさい。暮らし向きが良くなったら、私をもたずねてきなさい。自分も人並みの暮らしぶりになったら、必ずおまえの居所を探して訪問しよう。」などと、泣く泣く言って約束をして、縁者に頼んで、あとについて、女は京に来たのだった。

【本文】さしはへ、いづこともなくてきたれば、このつきて来し人のもとに居て、いとあはれと思ひやりけり。まへに荻薄いとおほかる所になむありける。風など吹けるに、かの津の国をおもひやりて、「いかであらむ」など、悲しくてよみける、



となむひとりごちける。
【訳】目指すあても、どこと決まった場所もなくやってきたので、この自分があとについてきた縁者の元にいて、夫のいる摂津の国をとてもしみじみと思いやった。縁者の家は、前にオギやススキの非常に多い場所であった。風などが吹いたときには、例の摂津の国を思って、「夫はどうしているだろうか」などと、悲しんで作った歌、

たった一人で、どうしようかしらと、心細く思ったところ、「それだよ、それをすればいいんだよ」と屋敷の前のオギが風にソヨソヨと音を立てて答えることだ。

というふうに、一人ごとを言った。







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Last updated  August 29, 2011 09:27:11 AM
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