趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

May 13, 2012
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【本文】昔、ならの帝につかうまつる采女ありけり。顏容貌いみじうきよらにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけれど、あはざりけり。
【注】
・ならの帝=奈良に都があったころの天皇。文武天皇のこととも聖武天皇のこととも平城天皇のことともいう。
・采女=地方の豪族の子女で、後宮にはいって天皇の食事の世話をする女官。
・よばぶ=言い寄る。求婚する。
【訳】むかし、奈良時代の天皇にお仕えするウネメがいたとさ。顔立ちが非常に上品で美しく、男たちが求婚し、テンジョウビトなども求婚したが、結婚しなかったとさ。

【本文】そのあはぬ心は、帝をかぎりなくめでたき物になむ思たてまつりける。
【訳】その、結婚しなかった真意は、ミカドのことを、このうえなくすばらしいおかただと、お思いもうしあげていたからだったとさ。

【本文】帝召してけり。さて後又も召さざりければ、かぎりなく心憂しとおもひけり。夜昼心にかかりておぼえ給つつ、恋しくわびしうおぼえ給ひけり。


【本文】帝はめししかど、ことともおぼさず。さすがにつねにはみえたてまつる。なほ世に経まじき心ちしければ、夜みそかに猿沢の池に身を投げてけり。
【注】
・猿沢の池=奈良市にある池の名。
【訳】ミカドは一度は彼女をお召しになったが、とくに何ともお思いにならなかった。そうはいっても、職務上、ふだん姿をお見せもうしあげていたとさ。そうはいうものの、彼女は「もうこのまま生きているわけにはいかない」という気がしたので、夜分こっそり宮中を抜け出して、猿沢の池に身を投げてしまったとさ。

【本文】かく投げつとも帝はえしろしめさざりけるを、ことのついでありて人の奏しければ、きこしめしてけり。いといたうあはれがり給て、池のほとりにおほみゆきしたまひて、人々に歌よませ給ふ。
【注】
・しろしめす=お知りになる。
・奏す=天皇に申し上げる。
【訳】こんなふうに彼女が身投げしたともミカドはご存知なかったが、なにかの機会に、ある人がお知らせしたので、ミカドがお聞き及びになった。ミカドは非常に気の毒がりなさって、池のほとりにお出かけになって、人々に哀悼の歌をおつくらせになったとさ。

【本文】柿本の人麿、

わぎもこの ねくたれ髪を 猿沢の 池の玉藻と みるぞかなしき



猿沢の 池もつらしな 吾妹子が たまもかづかば 水ぞひなまし

とよみたまひけり。さてこの池には、墓せさせ給てなむ帰らせおはしましけるとなむ。

【訳】柿本人麻呂が作った歌、

わが最愛の人の 寝乱れた髪を 猿沢の 池に生える美しい藻かと 思って見るのが悲しい。

と作ったときに、ミカドがお作りになった歌



とお作りになったとさ。そうして、この池のほとりに、彼女の墓地をお造らせになって宮中にお帰りになったとさ。





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Last updated  May 13, 2012 04:05:28 PM
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