趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

September 2, 2016
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【本文】昔、内舎人なりける人、おほうわの御幣使ひに、大和の国にくだりけり。
【訳】むかし、ウドネリだった人が、オオミワ神社の官幣使として、大和の国に下ったとさ。
【注】
「内舎人(ウドネリ)」=中務省に属する職。帯刀して宮中を警備し、また、宿直や雑役にあたる。行幸の際には、供をして警護する。ウチノトネリ・ウチトネリともいう。百五十五段に既出。
「おほうわ」=「おほうわ」は「おほみ(ミ)わ」の誤写かと考えられている。すなわち、奈良県の三輪山のふもとにある大神神社。
「御幣使(みてぐらづかひ)」=格式の高い神社に対し、祈年祭・月次祭・新嘗祭に、朝廷から神祇官を通して幣帛をささげる使者。官幣使。

【本文】井手といふわたりに、きよげなる人の家より、女ども・わらはべいできて、このいく人をみる。
【訳】井手という土地付近で、こざっぱりとした民家から、女どもや子供が出てきて、この使者を見た。
【注】

「きよげなり」=こぎれいだ。
「わらはべ」=子供。また、貴族や寺に使われる召使。

【本文】きたなげなき女、いとをかしげなる児を抱きて、門のもとにたてり。
【訳】こぎれいな女が、とてもかわいらしい赤ん坊を抱いて、門のところに立っていた。
【注】
「きたなげなし」=こぎれいだ。見苦しくない。
「をかしげなり」=かわいらしい。

【本文】この稚児の顔のいとをかしげなりければ、めをとどめて、「その児こち率てこ」といひければ、この女寄りきたり。
【訳】この赤ん坊の顔が非常にかわいらしかったので、目を留めて、「その赤ん坊をこっちへ連れてこい」と言ったので、この抱いていた女が近寄ってきた。
【注】
「率(ゐ)る」=連れる。


【訳】近くで見ると、たいへんかわいらしかったので、「決してほかの男と結婚なさるな。私と結婚なさい。この子が大きくおなりになる時分に、参上しよう」と言って、「これを記念になさい」と言って、帯を解いて与えた。
【注】
「をかしげなり」=なんともかわいらしい。
「ゆめ~な」=「けっして~するな」。
「あふ」=結婚する。


【本文】さて、このしたりける帯を解きとりて、もたりける文に引き結ひて、持たせていぬ。
【訳】そうして、この巻いていた帯を解いて手に取って、持っていた手紙に引きむすんで、与えて立ち去った。
【注】
「さて」=そうして。そこで。

【本文】この児、今年六七ばかりありけり。この男、色好みなりける人なれば、いふになむありける。
【訳】この子は、今年六歳か七歳ぐらいだった。この男は、恋愛の情趣を解する人だったので、こんなふうに言ったのだった。
【注】
「色好み」=恋愛の情趣を解する人。石田穰二訳注『伊勢物語』第二十五段の注に「最も古くは、どんな女性でも選びうる、またそうするほど家、国が栄える、男性の理想像を意味したが、平安時代、一般には単に粋人とか、多情な人とかに用いられた」と見える。

【本文】これをこの児は忘れず思ひ持たりけり。
【訳】こう言われたことをこの子は忘れず使者のことを思って記念の品を持っていた。
【注】
「これ」=官幣使の掛けた言葉と形見の帯。

【本文】かくて七八年ばかりありて、又同じ使にさされて、大和へいくとて、井手のわたりにやどりゐてみれば、前に井なむありける。
【訳】こうして七・八年ほどたってから、再び同じ官幣使として派遣されて、大和の国に行くというので、井手の付近で宿泊して、みてみると、前に井戸があった。
【注】
「さされ」=派遣されて。使いにやる。さしつかわす。『今昔物語集』巻十六「使ひをさして、多くの財物を持たしめて」。

【本文】かれに水汲む女どもがいふやう、 (この段は原文がここで途切れている)
【訳】彼に向って水汲み女がいうことには、
【注】
「水汲む女」=水汲みに従事する女。こういう肉体労働に従事する下働きの女性を雑仕女(ゾウシメ)という。





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Last updated  September 2, 2016 10:31:32 PM
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