第百十三段
【本文】
むかし、男、やもめにてゐて、
長からぬ 命のほどに 忘るるは いかに短かき 心なるらむ
【注】
〇やもめ=独身。古くは夫のいない妻を「やもめ」、妻のいない男を「やもを」と言ったが、のちには
〇命のほど=この世に命があるあいだ。一生。
〇いかに=どんなに。
〇らむ=~だろう。推量の助動詞。
〇短かし=『角川必携古語辞典』に「考えが足りない。」として、この段を用例に引くが、むしろ「心変りしやすい。飽きっぽい。」の意であろう。『源氏物語』《末摘花》「さりともと短き心はえ使はぬものを」。
【訳】
むかし、男が、ひとり身でいて、作った歌。
長くはない一生のうちに契りを結んだ私を忘れるのは、いったいどれほど移りやすい心なのだろう、あなたの心は。