第九十七段
【本文】
むかし、堀河のおほいまうちぎみと申す、いまそかりけり。四十の賀、九条の家にてせられける日、中将なりける翁、
桜花 散り交ひ曇れ 老いらくの 来むといふなる 道まがふがに
【注】
〇堀河のおほいまうちぎみ=藤原基経(八三六~八九一)。平安前期の貴族。権大納言長良の三男。叔父良房の養子となった。堀河太政大臣と呼ばれ、最初の関白となった。『日本文徳天皇実録』の編者の一。
〇申す=もうしあげる。「言ふ」の謙譲語。
〇いまそかり=「あり」の尊敬語。いらっしゃる。おいでになる。
〇四十の賀=四十歳は初老とされた。四十歳になって行う賀の祝い。『例解古語辞典』(三省堂)「賀」「長寿を祝う宴は、あらたまった儀式なのでこの漢語が用いられる。長生きなさっておめでとう、というよりも、これからの長寿を祈るのがその趣旨。‥‥賀の祝宴は他人が催してくれるもので、四十歳以後、十年ごとの切れ目のときに行なわれた」。算賀の行事は大陸の風習によったもので、日本での記録は、天平十二年(七四〇)の聖武天皇の四十の賀が最初といわれる。
〇九条=平安京の東西に通じる大路のうち、北から九本目、最南部の大路。藤原基経の別邸があった。
〇中将なりける翁=右近衛の権中将だった在原業平。
〇散り交ひ曇る=曇ったように見えるほど散り乱れる。
〇老いらく=老年。『古今和歌集』八九五番「老いらくの来むと知りせば門さしてなしと答へて会はざらましを」。
〇まがふ=入り乱れてわからなくなる。
【訳】
むかし、堀河の太政大臣と申しあげるかたが、いらっしゃった。四十歳の祝賀会を、九条の別邸で開催なさった日に、中将だった老人が、作った歌。
桜の花よ、曇ったように見えるほど散り乱れろ。老年というものがやって来るという道が入り乱れてわからなくなるように。