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小説 「君に何が残せたのかな」-7



高校時代。
あおいは綾に連れられてよく行っていた場所がある。
バスケの試合を見に行っていた。
お目当ては近江ヒロだ。

まわりに比べると背は高くないけれど動きが良くていつもレギュラー。
すばやく動いてシュートを決める姿に綾だけでなく、多くの人があこがれていた。

きゃー
シュートを決めた。
大きい人をかわして決めたシュートに綾はあおいの手を握っていった。

「やっぱりヒロはかっこいいよね」

綾はあおいにいつも言う。
そんなに好きなら告っちゃえばいいのに。
試合が終わる。
タオルを持っていく女性。
でも、綾はその中に入らず、ただ見ていた、近江を。

「見ているだけで十分。今の私にはこれが精一杯だから」

綾はそういって体育館を一人出て行った。
あおいが付いて行く。

「ねえ、綾。もう高校3年生だよ。
 会えなくなるんだよ。ダメでもいいから告ったら?」

あおいが言った。
あおいは知っている。綾の苦しみを、全部じゃないけれど知っている。
だから綾が「私にはつりあわないって」諦めていることを知っていた。
綾は体育館を出て空を見上げながら歌っていた。
歌っていたのは大塚愛の「片思いダイヤル」だった。
あおいは綾が歌うことが好きなのを知っていた。
それと、綾が多分、近江に告白をしないだろうということも。
それは、近江が綾を知りすぎているからかも知れない。
だからこそ言えないでいるのかも。

「やっぱり、綾は歌、上手いよね」

近江が声をかけてきた。
一瞬で綾が真っ赤になる。

「ありがとう」

綾はそのまま走っていった。
残されたあおいは近江に声をかけた。

「ねえ、近江はなんで彼女作らないの?」

近江は確かに女子から人気がある。けれど、彼女を作らない。
告白した女子はみんな断られている。
「他に好きな人がいるから」
と言われて。

でも、近江が誰を好きなのかわからない。そんな素振りがないからだ。
特別な女子がいるように見えない。誰にも平等に優しくて、冷たいからだ。

あおいは近江がわからなかった。ただ、綾が惹かれるのは解る。不思議な雰囲気があるからだ。近江は少し考えてこう言った。

「好きな人がいるからだよ。噂で聞いているだろ。
 オレは多分その人を笑顔にしたいだけ。ただ、オレでは無理かもしれないけれどな」

近江は遠くを見ていた。

「近江は告らないの?待っているだけじゃ何も変わらないじゃない。
 そんな無理かもなんてやってもいないのに何でわかるのよ」

あおいはそう言った。言ってしまったんだ。
何も知らなかったから。
けれど、近江はそれで行動をした。

その後、土手にいた綾に近江が告白をしたことを綾から聞いた。
けれど、二人にとって付き合うことが幸せじゃなかったのかも知れないってあおいは後から気が付いてしまう。

綾の両親は離婚をして、母親に引き取られた。
父親が借金を作っていたから、父親には預けられなかったからだ。
だが、女手一人で育てるには大変だった。綾の母親は次第に夜働くようになった。
綾の家はいつも知らない男がいた。綾が中学生くらいには綾に手を出そうとする男も増えてきたそうだ。そう、その男の常連の中に近江の父親がいるなんて知らなかった。
綾も近江もそのことはお互いに触れなかった。お互いが知っていたが。
その全てをあおいが知ったのは大学受験を控えた冬だった。

「ごめんな。最近綾と上手く行っていないから。
 こんな話し聞いても辛いだけだろ。でも、最近抱えるのが辛かったんだ。
 それに綾も今はちょっと不安定だし」

あおいは近江の相談を受けていた。
そして、綾からの相談も同じく受けていた。

進路を決める時、綾は歌手になりたいと告げた。密かに受けていたオーディションが受かったからだ。プロになれるかも知れない。綾は母親に話した。だが、母親は認めなかった。

「あんたが有名になってみな
 私の素性も取り上げられるし、
 あのぐうたらの、あんたの父親も金をせびりにくるかも知れない
 綾、わかって。
 あんたには真っ当に生きてほしいの。私はだから代わりに泥を被っているのよ」

綾は吐き捨てるように言われた。夢を諦める。その綾に近江はこういったそうだ。

「オレがお前の夢を引き継いでやるよ。 だから、全部オレに託せ」

綾は壊れそうになっていた。いや、あおいは気が付いていた。
不安定なんかじゃない、綾は壊れ始めている。
支えなきゃ。私はお互いを知らないことを知っているんだから。
綾はその支えを求めていた。そう、全てを近江ヒロに。

「もっと、ヒロと一緒にいたいよ」

綾はヒロと同じ大学を受験しようとした。

「ね、あおいも同じ大学受けようよ」

綾の不安を取り除くため、あおいも自分の目指している大学のワンランク上の大学を受験した。
でも、受かったのは近江ヒロとあおいだけだった。

「時間の許す限り綾に時間をとるから」

あおいも、近江ヒロもそう告げた。
近江ヒロは大学の授業、バイト。
そして、綾の夢を告ぐために路上ライブを二人でしていた。
そう、あおいは気が付いていた。
綾は元気になってきたけれど、近江ヒロは限界に近いって。

「ねえ、ちょっとは休んだら?」

あおいは近江ヒロに話した。
近江は水曜日だけ大学に行くようにした。それ以外は大学に行かず休んでいた。

「もっと、勉強がしたいから休学してアメリカに行こうと思うんだ」

5月にはいりいきなり、近江ヒロが言い出した。
あおいも綾もびっくりした。
夢を追いかけること。
綾は自分が夢を取られたから、夢を追いかけるために決めた近江ヒロに何も言えなかった。

「見送りには来ないで欲しい。行けなくなってしまうから」

近江ヒロはそう言って綾の前から去っていった。
けれど、本当は、近江ヒロはアメリカには行っていない。
あおいは出発の前に近江ヒロから電話があった。

「今どこにいるの?明日出発でしょ」

あおいはテンションがやたらおかしい近江ヒロを怖いと思った。
何かがおかしい。

「アメリカに行ったことにしておいて欲しい。
 でないと、オレはもう耐えられないんだ。
 毎日、夢に近づいたとか聞かれたり、辛い、助けてしか言わない。
 オレに一体何が出来るっていうんだ。
 働いて養えとでもいうのか。
 何も出来ない。綾が家でオレの親父に犯れたなんて言われても」

近江ヒロは泣いていた。
それだけは携帯越しでもあおいはわかった。

「今そっちに行くから場所を教えて」

あおいは近江ヒロがいる場所を聞いた。
かなり遠い場所。電車で1時間以上かかる。縁もゆかりのない場所。
いやな予感だけは的中した。
携帯にメールが来ていた。

「今までありがとう」

あおいが付いた時にはすでに近江ヒロは
飛び降り自殺をしていた。


~日比谷 side~

日比谷は喫煙室であおいと会ったときのことを思い出していた。
近江ヒロ。
日比谷にとっては少しだけ話したことのある他人だが、綾には違っていた。
あおいから聞いた後、3人でどうするのかを話しあっていた。
結城があの時、自分が時間をかけてもいいから支えると言い出した時はびっくりした。
だが、あおいと綾と結城。
4人で会うことが増えていった。
あの後、綾とあおいがルームシェアをして、徐々に変わっていった。
懐かしいな。
日比谷は携帯を開く。
待ち受けには日比谷とあおいが二人で並んでいる。

携帯が震える。
結城からメールが来た。

「わるい、ちょっと出かけていたら戻りが遅くなりそうなんだ。
 時間を30分ほど遅らせてくれないか」

時計を見る。
17時を回っている。
日比谷もちょうど仕事が終わりきっていなかった。
全返信でメールを送った。

「了解です」

宛先に篠塚が入っていることだけは確認した。



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