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イン ワンダーランド -2



扉を開けるとそこに待っていた世界は二次元だった。すべてが紙に書かれた世界。木も草も雲も太陽でさえも紙に書かれた絵で出来ていた。私はその世界を見てびっくりした。まるで絵本の中の世界みたい。私の自分がその絵本の世界にただ入り込んだだけと思っていた。けれど、私の手を見たときにその異変に気がついた。私自身も一枚の紙に描かれているからだ。何が起こったのだろう。
影がぐにゃりとゆがんだ。
チェシャが出てきた。黒いメイドの服を着ている。でも、頭にはヘッドドレスに隠れそうになっているけれど猫耳はついている。両手を祈るようにも見えるけれど指は絡まっていなく、グーのままで固定されている。いや、若干左手の方が上に来ている。そう、その状態でチェシャは絵になっていた。

「どういうことなの?」

私はチェシャに聞いた。チェシャは私とチェシャ自身をみてこう言ってきた。

「この世界は、ハートの世界は本当なら慈愛の世界なんだよ。けれど、誰かがこのような世界に変えてしまったみたい。その理由を解き明かせば元に戻るよ」

よくわからないことをチェシャは言ってきた。でも、その姿はすごくかわいい感じだった。
相変わらず左目は髪の毛で隠れている。私はいつかチェシャの左目がみたいって思っていた。絵じゃなくなったら今度チェシャの髪を掻き揚げてみようってそういう衝動に駆られた。

「あ、誰か来る」

チェシャはそういって影に消えていった。

絵で描かれた道を横にすべるようにやってきた。茶色の髪は肩までで、丸く大きな目。笑顔が素敵、というか満面の笑顔のまま絵になっていて、両足は内側にクロス。手は胸の前でハートの形になっていたかわいい感じの女の子だ。このしぐさがなんだかかわいくて、こういう時ってひょっとしたらあのセリフをいうのかも知れない。そうあの禁断のセリフ。
「萌ぇ」だ。
私はいいそうになっていた。いや、気がついたら紙で噴出してそのセリフが黙々と出ていた。
私はその状況をみて苦笑いをしてしまった。

「あら、***さんじゃない?」

その萌えな彼女は私を呼んだのがわかった。ただ、悲しいかなその名前は音にならず消えていった。どうしてシロウサギは私から名前を奪ったんだろう。こんなに不便なことってない。
私はそう思った。私はその萌えな彼女に、「私はアリスよ。よろしくね」と、伝えた。
萌えの彼女の名前を聞いてもそれは私の名前と同じように音になってくれることなく消えていくのがわかっていた。それに、どうしてか萌えの彼女につけたい名前は決まっているのに、今名前をつけるべきじゃないってことだけはよくわかっていた。どうやら、名前はただ付ければいいってわけじゃないのかも知れない。

「そうだよ、よく気がついたらね。僕らの『アリス』」

頭の中でチェシャの声が響き渡った。チェシャは現れたり、消えたり自分勝手だ。私はそう思った。

「アリス。あのアリスの名を受け継ぐのね」

萌えの彼女がそう話しかけてきた。表情は笑顔のまま。でも、すこし何かがかわったような気がした。何がかわったのか私もわからない。ただ、萌えの彼女自体がすこしいや、一瞬輝いたように見えた。その光はもう消えていた。私にはなんだかわからなかった。わからないついでに私は萌えの彼女に質問をした。

「このハートの世界はいつから絵になったんですか?」

そう、チェシャの話だとこのハートの世界は慈愛の世界。慈愛の世界が絵で出来ているなんて変だ。誰かが何かの目的でこの世界を絵に変えてしまったんだ。いつからなんだろう。
ひょっとして私がこの世界に来たから?
それとも、私が『アリス』の名を受け継いだから?
私は不安になっていた。もし、私の存在がこの世界を狂わしているのではと思うとドキドキしてしまう。でも、萌えの彼女からの答えはこうだった。

「いつからだったかな。部屋で鏡を見ながらポーズをとっていたらいきなりすべてがこう絵になったの。もう、長くこの状態のようにも感じるし、ついさっきなったようにも感じるの。時間の感覚がわからなくなってるからね。空はいつだってこう晴れの状態だし、私たちも眠ることもできないですもの。だって、立ったままの状態でこのポーズのままなんですもの。アリスもそう。その状態のまま体を動かすことも出来ずに、紙ごと動くしか出来ない。んだからね。ま、人の形に紙が切られているからまだいいのかも。それに私はまだいいのかも。あの人に比べたら」

そういって、萌えの彼女が振り向いた先には親子がひとつの紙の中に入っていた。親子楽しそうに手をつないでいる。でも、なんだか子供の、女の子の方はちょっと不機嫌そうに見えた。
顔は笑っているけれどなんだかそう感じてしまったんだ。若いお母さんなんだろう。少し女性の色気を感じる雰囲気、少し茶色い髪はひとつにまとめられていた。メガネからみえるその瞳はすごくきれいだった。

「お母さん。私小川のほうに行きたいよ~」

髪の毛を二つに束ねている女の子が言う。年は幼稚園に入るくらいなのだろうか?手をつないでいる二人はなんだかほほえましい。けれど、ずっと一緒と考えたらたまには離れたいって思うのかも。

「駄目。この前、それで小川に落ちそうになったでしょ。それに今は小川の上にある石の上を飛び跳ねるなんて出来ないんだから」

お母さんがそう言う。確かにこの紙で出来た体だと飛び跳ねるというよりずりずりと滑っていくことしか出来ない。いや、そもそも小川だって紙で描かれた絵でしかない。水しぶきが飛ぶことだってない。そう、このお母さんは子供にそんな水しぶきも飛ばない、水も流れない小川を見せたくないんだ。私はそう思った。でも、いったい何でこういう世界に、紙で描かれた世界になったんだろう。私は考えていた。萌えな彼女が話してきた。

「そう、この体になってから出来ないことがいっぱい増えたのよね。横になることも出来ないから眠ることも出来ないし、ま、横になれたとしても目を閉じることすら出来ないんだけれどね。それに、体を動かすことも出来ないから、大変。何かをしようと思っても出来ないことだらけ」

なんだか萌えの彼女は笑顔だけれどその表情は曇っていた。私はこの世界が、ハートの世界が何を失ってこの世界になったのかを考えていた。考えても、考えても何も進まない。私は萌えの彼女にこう話した。

「あなたの家にお邪魔してもいいかしら?」

萌えの彼女は一瞬困っていた。そりゃそうだろう。いきなり他人が家に来るなんていやだものね。でも、萌えの彼女の心配は違っていた。

「家は私も帰りたいの。でも、この世界は動ける場所が決まっていて、家は見えるのにある境界線から向こうにはいけないの。まるで限られたキャンパスの上を動いているみたいなの」

萌えの彼女が悲しみながらそう言ってきた。いや、悲しんでいるように感じただけだ。相変わらず、萌えの彼女は胸の前で手をハートの形をさせて、笑顔でいる。足はすごく内股だ。そして、その影もまたかわいい感じのままだった。

この限られた場所の世界。キャンパスの中の世界。私も絵を描くのが好きだから、ちょっと考えてみた。この世界は誰かが描いた世界なのかも知れない。そして、その絵の中にハートの世界を押し込んだのかも。では、いったい誰がどうやって、何のためにそんなことをしたんだろう。

私の影がくにゅっと動いた。でも、チェシャは出てこなかった。チェシャは何かを私に告げようとしている。
何を?
私は空を見上げた。まるでもくもくっと描かれた雲。そして、まんまるの太陽。空はクレヨンで描いたみたいな空だった。全体的にかわいらしいあまり角のないやわらかい絵だ。慈愛の世界だからそうなのかも知れない。田園もやわらかいクレヨンで描かれたような感じ。草や、石畳、木の柵なんかもまるい手書きって感じのものだ。地面だってクレヨンで塗られた感じ。
よく見ると所々にぬり漏れというか白い部分がある。私はその部分に向かって歩いてみた。
私の影もついてくる。
影?
どうして影は手書きじゃないんだろう?私は萌えの彼女の影も、親の子二人の影も見てみた。
みんな同じく影がある。
空にあるのは丸く黄色で塗られた太陽しかない。見つめていてもまぶしくもなんともない。
では、この影は一体?

そう、思った瞬間私の影は大きくうなずいていた。チェシャはこの事を伝えたかったんだ。
私は自分の影が出来る反対側を見た。そこには灰色の山があった。不思議とその灰色の山頂近くは真っ白で何も描かれていなかった。いや、山頂もうっすらとしか描かれていない。描きかけなんだ。この世界は。
私は萌えの彼女に聞いた。

「あの山はいけるの?なんだか描きかけみたいに見えるけれど」

萌えの彼女は一瞬固まった。いや、よく考えたら出会ったときから固まっているんだ。
絵という形で。萌えの彼女はゆっくりと話してくれた。

「あの場所はいけるよ。でも、あそこは私たちを消すことも出来る『あの人』がいるんだ。
それでもいいの?」

私は萌えの彼女の話を聞いて私は思った。絵を消すことが出来るということは、この世界を、この絵で出来た世界を作った、いや書いているのではと。それであれば、その人に言えばこの世界は元に戻せるのかも。私は萌えの彼女のこう話した。

「うん、私はあそこに行くよ。そしてこの絵を描いている人に元に戻してもらうように頼んでくる。だって、このままじゃ不便でしょ」

萌えの彼女は私にこう言った。

「間違えたらアリスは消えてしまうのよ」

確かにそうかも知れない。でも、私はチェシャに最初にこの『アリス』の名前を受け継ぐときに言われていた。そう、すごく不思議だった。

『この世界では伝説の名前。伝説を受け継ぐ事が出来たなら君はどの世界にもいられなくなるんだ。そう、元いた世界にもね。』

そう、このセリフ。私はこれからいろんな扉をあけて、アリスの名を受け継いでいく。いや、降り立った世界でアリスの刻印を押すというらしい。どのタイミングなのかわからない。でも、ジョーカーはそう言っていた。アリスの刻印を押さないと次の世界にはいけない。でも、最後の刻印を押してしまうと私はどこにもいけない。私は結局どこにも居場所がないのかも知れない。だったら、私が『ここ』にいた証くらい残したい。私はそう思っていた。私は萌えの彼女に向かってこう言った。

「うん、消えちゃうかもね。でも、誰かがやらなきゃ何も変わらないもの。それに今日っていう日は一日限り何だものね」

私はそう言った。言いながらすごく自分に返ってきたセリフだった。私は今までそうやって自分の人生を歩いてきたかな。不安になった。でも、私が不安になったら、この萌えの彼女もあの親子も、いやこのハートの世界にいる人々が不安になってしまう。私は精一杯の笑顔になってみた。いや、よく考えたらずっと絵に描かれたままの私だ。どういう表情をしているのか私には見えない。でも、気持ちでは、心では精一杯の笑顔をした。萌えの彼女が話し出した。ゆっくりと。

「そうだね。今日という日は一日限りだものね。私、アリスを案内するよ。あの山に」

私はあの描きかけの山を目指して歩いていった。萌えの彼女とともに。そこで待ち構えているものが、あの『***』だなんて予想も出来なかった。そう、予想もつかなったから。

山に近づくにつれて、白い部分が増えてきた。いや、まだ鉛筆で書かれただけなのか下書きのようなところが多い。途中まで書かれた岩、一筆で塗られただけの山肌。木々も描いている途中なのか、まだきちんと形を成していないものも多い。まるで、描くのを誰かに中断されたみたいな感じ。私は見ているとなぜか続きを書きたくなってきた。萌えの彼女が話しかけてくる。

「この場所に来るとなんでか絵が描きたくなるんだよね。あまりにも途中で終わっているから。あの、親子*****さんも絵を描くのが好きだから」

どうやら私だけじゃなかったみたい。私は上を見上げた。岩が転がり落ちてきた。いや、それが塗りつぶされていない、丸くごつごつした絵が転がり落ちてきた。よく見ると、岩には針金がついている。変な動きをしてきてこっちに向かってくる。避けようと思っても私たちの方向に向かってくる。影がぐにゃりとまがった。影から出てきたのは金色の盾だった。いや、金色の盾の形をした絵だった。その盾は岩を押しとめて押し返した。

「助かったね」

萌えの彼女がそう言ってきた。何度も岩が落ちてきたが、その都度チェシャが盾となって助けてくれた。盾も絵で描かれているということは剣になったとしても私はその剣を持てない。
そう思ってしまった。頂上に来たとき、そこにあったのは大きな黒い壁だった。壁に私たちは近づいた。そこには紙に描かれた萌えの彼女じゃなく、実際の萌えの彼女がその黒い壁に映っていた。そして、もう一人。少し明るい髪は肩より少し長く、白いワンピースに赤い靴。
少しきりっとした表情をした女性が立っていた。私はその顔をまじまじと見ていた。
私はこんな顔をしていたんだ。なぜか久しぶりに見る自分の顔は好きになれなかった。
いや、これはどこかで自分じゃないって思っているのかも。私の思いとは違って萌えの彼女はテンションがあがっていた。

「ねえ、見て。私が映っているよ。私が頭の中で体を動かしたら、鏡の向こうの私はちゃんと動いてくれるの。なんだかうれしい」

そう言って萌えの彼女は踊っていた。そういえば、この踊りは何かのアニメのエンディングで見たことがある気がする。私はその萌えの彼女の踊りを見ながら、どこから光が差し込んでいるのか考えていた。けれど、どう考えてもこの黒い壁、いや、鏡の先である。壁に背を向けるとまっすぐに光が伸びていくからだ。私は恐る恐る壁に近寄ってみた。壁に映る私が近づいてくる。壁に映っている私は、紙で描かれた私に触れようと手を伸ばしてくる。その時、強い衝撃が走った。影からチェシャが出てきたんだ。相変わらず、かわいらしいカッコをしている。
黒いメイドのカッコにヘッドドレスからかすかに猫耳が見えている。そう、そう描かれているんだ。チェシャはこう言ってきた。

「ダメだよ、アリス。その壁に触ったら。ほら、見てみな」

チェシャはそう言って萌えの彼女を方に向いた。萌えの彼女は、いや、鏡の中の萌えの彼女は壁を触ってきた。いや、壁から手が出てきた。絵で描かれていない手が。その手が紙に描かれている萌えの彼女を鏡の中に引きずり込もうとしている。

「危ない」

私は意識では手元にあった石をそのにょきって出ている手に投げつけていた。いや、私の変わりに鏡越しの私は石を投げていた。鏡の向こうの萌えの彼女が一歩下がる。石が飛び出してきた。いや、出てくると思ったけれど、石はぼすんという音とともに消えていった。その時、チェシャはこう伝えてきた。

「アリス、この場所の怖さがわかった?でも、この場所にアリスの刻印を押さないといけない。それもアリスでしかできない、アリスの方法で」

そう言って、チェシャはまた影の中に消えていった。チェシャはいつも協力をしてくれている。でも、最後は私に決めさせてくる。私は考えていた。

あの鏡のような壁に近づいていない時は、頭の中で思った行動を取る。でも、近づいてくると襲ってくる。多分、さっきチェシャが助けてくれた距離が危険なんだろう。でも、さっきチェシャは私を助けるために壁ギリギリに現れていた。なぜチェシャは大丈夫だったんだろう。
私は考えていた。目を閉じてみる。といっても、目は気持ちだけだ。私の頭の中では目は閉じられている。現に鏡に映っている私は目を閉じている。私はそのままの状態で一歩前に進んだ。
二歩進む。三歩、四歩。その時に気がついたんだ。鏡に映っている私は動いていない。そのままとまっていた。私はそのまま壁に近づいていった。私は壁に体を寄せる。まるで水の中に入るみたいな感覚。そう、壁や鏡と思っていた『それ』はそこには何もなかったのだ。その境界線を越えた時、世界は絵で描かれていたあのハートの世界にそっくりな実際の世界がそこに待っていた。
ただ、違うのは私に似た何者かわからないものが目を閉じてそこに立っていた。あのままの状態で。その時ベルがなった。じりじりじりっと。私に似た『それ』はいきなり目を開いた。
そして、体は動いていないのに首だけがぐるりと動いて私を見てきた。よく見たらその私に似た『それ』は人形だった。首だけが先に動き、腰が次に動いて最後に足が動き出した。同じように萌えの彼女にそっくりな人形も同じように私に向かってきた。遠くからあの親子にそっくりな人形もこっちに向かってゆっくり歩いてくる。周りは人形だらけだった。いや、人形じゃないのが一人だけいた。シロウサギのあの人だ。真っ赤な目をして私を見ている。時折手に持っている銀の懐中時計で時間を確認している。私は怖くなってこう口ずさんだ。

「チェシャ、助けて」

前のクラブの世界みたいに盾となって私を助けてほしいって、剣となって戦ってほしいって。
でも、チェシャは気まぐれなのかわからないけれど、出てきてくれなかった。私はゆるりと私の周りに集まってくる人形から逃げるように走っていった。そう、あのシロウサギの人めがけて。この世界で人形じゃないのはあの人だけだから。足が重い。
一歩、一歩。
前に進むたびに体が重くなってくる。私はシロウサギに後少しで、後5歩くらいで届きそうなのに体が動かなくなった。後ろにはあの萌えの彼女そっくりな人形が迫ってきていた。その時、頭に言葉が響いた。チェシャの声だった。

「僕らの『アリス』にしかできないことを」

私はその言葉で気がついた。萌えの彼女を呼ぶならもう決めている。私はその人形に向かって言った。

「あなたは『ミク』。ミクやめて」

そう言った瞬間、ミクは人形から人間に戻っていった。あの、母親と女の子の二人も来る。

「あなたは、キュア。そしてあなたはエンジェル」

そう、私はそこにいるすべての人に名前をつけていった。迫りくる人はみな名前をつけていった。いや、不思議とこの人に名前をつけるなら、これだって名前が頭の中に浮かんできた。最後に私そっくりな人形がやってきた。そう、彼女は『アリス』じゃない。それはわかっていた。私は私に似た人形にこう言った。

「あなたがシロウサギなのね」

そう言った瞬間、私の人形はシロウサギに変わった。あの端正な顔、キレイな顔が私を見て微笑んでくれた。ドキッとしたけれど、シロウサギの目線は後ろを見ていた。そう、そこにはもともとのシロウサギがいる。振り返ると私の近くに見えていたシロウサギの姿が黒い霧に包まれた。霧は白い仮面をかぶった。

「あなたはジョーカーだったのね」

ジョーカーの表情はわからなかった。ただ、くるくるっとジョーカーが身を回転させたと思ったら突風が吹いた。私は飛ばされていった。飛ばされた先は丘の上だった。そこはこのハートの世界を一望できる丘だった。そして、そこには一枚のキャンパスがある。描きかけだった。
あの絵で見た世界そのままに。

「これは一体?」

私はそのキャンパスを眺めた。不思議とこの絵のタッチを覚えていた。そう、まるでこの絵は私が描く絵に似ているからだ。でも、私にはその記憶がない。吸い込まれるように絵を見ていたら声が聞こえた。

「危ない」

影がぐにゃりの曲がってチェシャが出てきた。チェシャは黒いメイドのカッコをしていた。ドレスヘッドからは猫耳が少しだけ見えている。チェシャはキャンパスを倒した。キャンパスは黒くなって灰になっていく。私はキャンパスに引き込まれてまたあの絵の世界に行くところだった。不気味な声が聞こえてくる。

「ここにもアリスの刻印が押されてしまったな」

背後から声が聞こえた。黒い霧のような体白い仮面。ジョーカーは不気味に笑っていた。
私はジョーカーに向かって言い放った。

「あなたは何がしたいの?」

ジョーカーは笑ってこう言った。

「アリスに伝説を。このハートの世界はもう僕らの『アリス』のものだ。アリスがすべての伝説をこのワンダーランドに刻印できるのか。それを見ている」

そう言った瞬間にジョーカーは消えていった。アリスの伝説って、名を受け継ぐって。
私はチェシャに聞きたくなった。

チェシャが駆け寄ってくる。いつもチェシャの笑顔にくらっとしてしまう。女の子に見えるけれど男の子。
私は抱きついてくるチェシャの顔を見た。いつも左目は髪の毛で隠れている。あれ、チェシャの隠れていた目はひだりだったかな。私はなんだかちょっと自信がなくなった。
私は抱きついてきたチェシャの髪を書き上げてその左目を除こうとした。

「アリス、ダメだよ。この目を見ては」

掻き揚げようとした私をより抱きしめて目を見えないようにされてしまった。どうしてチェシャの左目は隠されているのだろう。私はチェシャの体が離れたときに覗き込んでみた。チェシャの左目を。少しだけ見えたような気がした。黒く、どこまでも黒いその瞳が少しだけ見えたと思ったら、頭の中に何かがはじけた。いろんな記憶がいっきに私の中を駆け巡った。
気持ち悪い。気がついたら私は倒れていた。気がつくとベッドに横たわっていた。

「気がついたのね、アリス」

そう言ってくれたのは、あの萌えの彼女「ミク」だった。彼女の家に運び込まれたらしい。
横にはすごくハンサムな男性がいる。

「あ、アリス。旦那なの。えへ」

そう言ったミクの表情はものすごくかわいかった。私は起き上がろうとしたときにまだ気持ち悪いのがわかった。そう、頭の中に一気にいろんな記憶が入ってきたからだ。。しかも、その記憶は今まで嫌だった、忘れたい記憶がやってきた。一体チェシャの左目には何があるんだろう。私はこわくなっていた。ミクが心配そうに私を見ている。

「大丈夫?アリス。でも、今このハートの世界ではみんなでアリスを祝福しているのよ。ほら、いたるところにアリスの絵が飾られているでしょ。私も描いたの。アリスを」

そう言って、出してくれた絵はものすごくキレイでかわいかった。目がくりくりしていて、白いワンピース、赤い靴。そして、赤いリボンをしていた。リボン。私は頭を触ったけれどリボンなんてつけていなかった。

「このリボンは?」

私はミクに聞いた。
ミクは少し笑ってこう言った。

「もうすぐあなたが手にするものよ。ありがとうね。この世界を救ってくれて。でも、あんな絵とか人形になって思ったの。自分のしたいって思いはしないと出来なくなったときに後悔しちゃうものね。アリスもそういう自分の思いを押し殺したりするのかな?」

私は前のクラブの世界のときも耳が痛かった。自分の思いを押し殺していること、多いかも知れない。私が答えなかったからミクはこう言って来た。

「私たちのアリスですものね。そんなの大丈夫だものね。」

そう言ってミクはこう言って来た。

「先に待っているから。また会いましょう。次は一緒に絵を描きたいな」

私は行かないとって思った。そう、ここにはもう私はとどまれないんだ。私は心配するミクをよそに歩き始めた。

あの丘に着いたときにチェシャが待っていた。

「ありがとう、アリス。このハートの世界を元に戻してくれて」

そう言って、チェシャは赤いリボンを出してくれた。チェシャが私の後ろに回って、リボンをつけてくれた。そう、ミクが描いたあの絵のように。

「チェシャ、行きましょう。扉を」

私はそう言った。今まで何もなかったところに扉が2つ現れた。

そして扉を選んだ。
私はそう「スペード」の扉を開いたのだった。

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