肺炎 南風一
耳慣れない言葉に一瞬その意味がよく呑み込めなかった
「肺炎です」
成人病検診の度
肺のレントゲン検査で
昔肺炎が自然治癒した跡がありますと
指摘されることがあった
思い当たる節があったが
本当にそれがその時期のものであったかどうか
分からない
1年留年してようやく進学することが決まって
卒業式を直前に控えた最後のゼミのコンパの夜だった
私の下宿のすぐ近くでコンパをやっていたので
ゼミの先生からも可能だったら「出席しないか」という誘いだった
今回と同じく当時も特に熱が出て頭痛がするというのではなく
ただ咳が出るだけだったので
布団を被って寝ていれば直るものと思っていた
そしてそのときは確かに大学を卒業して
別の大学の近くに引っ越したから
肺炎は直るには直ったと思われる
しかしその痕跡は肺に残った
そして今回
咳が止まらくなって一晩中眠れない日があった
最後には左胸が痛くなって病院へ駆け込んだ
平日の昼下がりに
布団を被って寝転んで空を見ていると
私がこうして肺炎にかかって死にそうな状況になっているのだから
他の人たちも同様に肺炎で苦しんでいるに違いないと
思い込んでしまう
翌日点滴を受けるために
再度病院を訪ねるとき
すぐ隣で家を新築している大工さんやブロック塀を築いている職人さんが
寒い中元気に働いている姿を見ると
肺炎を患っていたのは「私」の私的事象に過ぎず
それは全世界の人々の普遍的な事実でも何でもないことを
悟る
そのことでようやく病気も死も生も
個人的な事象に過ぎないことを確認する
病気一つにでもなかなか事実の理解が進まない私だが
そんな理解の遅い男を残して
大学のゼミで色々なことを教わった先生は
二人とも亡くなってしまった
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