ネオリアヤの言葉

割り切れない

十三時ジャスト。　
カオルコは書類が積まれたテーブル席に、審査員の一人として坐っていた。
広告タレントやモデル、コンパニオンを多く抱えるエージェンシーの、
新人タレント二次審査会で、来春のメディア露出を前提にしたオーディション。

カオルコのテーブルにはほかに二人坐っており、
同じテーブルが六つ用意されている。
圧倒的に多い男性審査員の中で、
何を期待されてここに自分が坐っているのかを考えていた。
彼女に今回声をかけてきた神野が、ちょうど真後ろにいて、
肩をつついてきた。

「よろしくね」
「私の好み知ってるんでしょ？」
「だからだよ」

彼は、慣れたふうにウィンクをしてみせた。

「どんな露出の仕方を考えてるわけ？　この審査で採用になった子」
「具体的には決まってないけど、テレビ広告じゃないのかな」

このオーディションを仕組んだ張本人であるくせに、無責任なことを云う。
まぁその気楽さがあるから、彼女自身、この話を軽く受けたのだけれど。

ざっと書類を捲っただけでも、五十枚以上はある経歴書の束を手に取った。
書類審査を通過した女の子たちのプロフィールが、
全身写真のコピーとセットになっている。
半数以上が、おそらく同じ写真館で撮影されたものであることがわかる。
以前見せてもらった、テレビ局のアナウンサー志望者たちの写真とも、
同じだった。

「ふぅん…」

関心のこもらないため息をついた。
技術的には最高で、綺麗に映っている。
けれど、個性的な部分は一切伝わってこない。
面白くもなんともなかった。
女性の支持、と云っても所詮は男性の目線を無視するわけにもいかないのだと、
こんな時実感する。

「みなさま、大変お待たせいたしました」

女性司会者の声が、マイク越しに響いた。
オーディションの諸説明の後、すぐに審査会となった。
次々に、スーツ姿やワンピース、自分の長所をアピールする服装とメイクで現れる
十代後半から二十代前半の女性たち。
スタンドマイクの前で、自己紹介をし、審査員の質問に答える。
淀みなく、笑顔でハキハキとした子が多い。
媚びた感じがしないことに、カオルコはホッとしていた。
答えにつまると、司会者が救いの手を差し伸べてくれる。
そこが、就職活動とは違うところだった。
合いの手に対して、いかに気の利いた言葉を返せるかも見られている。
全てを自分の力だけで対応する必要はないのだから。

「眼、整形したらいいなあ…」

斜め後ろから小さい声が訊こえた。
カオルコはギョッとして、その子の眼を見た。

二重のぱっちりとした、目鼻立ちもすっきりした美人だった。
確かに、少し下瞼のふくらみが大きいけれど…。
何も整形するほどには見えない。

「そうだね。土岐野めぐみなんかよりずっといけるよ」

その声の隣席の男性が、若手女優の名前を挙げる。
先日クランクインした映画の宣伝で、連日ワイドショーに彼女の映像が流れていた。
タイプが全然違うので、比べる対象が悪い気がした。

そんなもんだろうか。

整形というものが、しごく当然のようにまかり通っている業界の会話を直接耳にするのは、
これが初めてだった。
媒体を通して、人に見られていれば綺麗になっていくというのは、
嘘ではないにしろ、それが全てではないことはカオルコも知っている。
それでも、彼女たちの運命を思うと、果てしなく気の毒になる。
というより、何を基準にして審査をしていいのかが、余計わからなくなるのだった。

「どう？　このまま後半は三次審査に移るけど」

神野はカオルコの表情をのぞきこんで、訊いてきた。
二次審査が終了し、三次に移る前の審査控え室では、
二十名弱の審査員たちの審査結果集計が行われている。

「それよりねえさっきの、この子…」

私は経歴書の写真を探し、「眼を整形したらいい」らしい女性を指さした。

「そんなに完全な美人がいいものなの？」
「…テレビに映るわけだしね。少しでも綺麗にこしたことないんじゃない？　カオルコだって、どうせ見るならかっこいい男のほうがいいだろ？」
「まー…でも男性って得だよね…見た目じゃないんだもん」

神野は眼を開いてカオルコを覗きこんだ。

「おまえそんなこと思ってるんだ。けっこうかわいいね」
「何よそれ」
「だってさ。別に自分の周りにいる子や好きな女性にそこまで外見を求めたりするわけじゃないんだよ、俺たちだってさ。こんな仕事を選ばないのであれば、この子はもう十分に綺麗だし、中身だって最高かもしれない。どうだか知らないけど…」

そう云って笑った。
そんなこと、頭ではわかってる。
それでも、あんなに堂々と外見について言及されたら、哀しいかな、
日常のなかでも意識してしまうではないか。眼だって肥えてくる。

複雑な心境を抱え、三次審査に残った「彼女」の写真を見つめながら、
カオルコは彼女と自分の行く末、ひいては女性の将来を、
柄にもなく案じてみるのだった。

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