ネオリアヤの言葉

ネオリアヤの言葉

タケシのケイス~その1「パス」



一、パス。

「今日はオッケーだったの?」
「何が?」
「俺の誘いで金曜を過ごすのがさ」
「…断る理由なんてないじゃない」
「積極的? 消極的?」
「前者に決まってるわよ。あなたから誘いがかかるなんて…みんなに云ったら、ちょっと羨ましがられるかも」
「…そう?」
「だって…ほら」
「?」
「…この店だって入ってきたとき、女性もそうだけど男性の視線だって、一斉にこっち見たこと、気づいたでしょ?」
「そうかな…あんまり見てなかったけど」
「見なくても感じるわよ…ま、あなたの場合、そういう一種羨望の視線に馴れてるのかもしれないけど」
「気にしすぎじゃないのそれ」
「…わかってるくせに…ま、いいわ」
「シャンパンでいい?」
「おまかせします。でもシャンパンは好きよ、カクテルは苦手だけど」
「どうして?」
「甘いでしょう…食事の味がわからなくなるから」
「へえ」
「…なによ」
「けっこう味に拘るほうなのかなと思って…店、もっとちゃんと選んだほうがよかったのかな」
「おいしいものは好きだけど、雰囲気にもよるし。誰と食べるのかも大事な問題よ。…ここ、雰囲気も素敵だし、あなたも一緒だしね」
「それは光栄で」
「この店…雑誌には載ってないでしょう…」
「そうなの?」
「お客さんを見たらわかるわ」
「どんなふうに?」
「スタッフと顔見知りのお客が多いのは、挨拶とか会話とか、笑顔を見たらわかるでしょう? そういうお客さんが、金曜の八時過ぎに一割もいれば完璧にそうよ。それに、アラカルトのメニューをてきぱきと注文できるなんてのは、一元さんには不可能。初めてのお客さんて、じっくりメニューを読み進めるのが普通だから…」
「…」
「女性同士の客層が少ないのも、雑誌に載らない証拠のひとつかな。こういう雰囲気のお店なら、雑誌に載っちゃうともう女性客で満杯になってしまうから、ちょっと勿体無いわね…その点、こなれた風な妙齢の男性と女性が多いから…まあ…」
「まあ?」
「…価格帯の問題も、あるかもしれないけど」
「…ここのは絶品だよ。値段の問題ではないと云いきれるのは、このあたりじゃこの店くらいじゃないかな」
「どんなふうに絶品なの?」
「素材はきちんと厳選してるけど、素材の個性はちゃんと消えてるんだよ。で、ウマミの部分だけが残っている。かなり高度な技術とセンスがないと、こういう料理は作れないからさ…じゃがいもの冷製スープなんて最高だね」
「じゃ、それ、外さずに注文してくれる?」
「もちろん。コースに入ってるからご安心を」
「よかった」
「何か嫌いものや苦手なものは?」
「ないわ」
「それは素晴らしい」
「実は昔はウニと牡蠣が苦手だったんだけど」
「…あんなに旨いものが?」
「食わず嫌いだったのは認めるけど…歯ごたえのないものと、噛んでなかからジュワっと何か得体の知れないものが出てくるのが、想像つかなくてちょっと怖かったのかな」
「それが旨いのに」
「今ではわかるけど…知らないとそんなものでしょう」
「そういうものかね…未知のものに対する興味のほうが、俺は強いから」
「…それに、牡蠣って中ったりする話をよく訊いてたからかな」
「うーん、まあ、それはたまにあるけど、ここのは新鮮だから心配ないよ」
「よかった」
「じゃあおまかせで頼んじゃって構わない?」
「ええ、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
「よく来るの?」
「この店に?」
「そう」
「…たまにね…そんなに常連ってほどのものじゃないよ」
「ちゃんと素敵な女性と一緒に来てる?」
「…まあ…素敵だとは思うけどね」
「それはよかった」
「?」
「やきもちも妬けないような人と一緒なんじゃ、ちょっとガッカリするもの」
「…それはそれで厳しい注文だね」
「そう?」
「でもなかなか面白いよ…いつもそんな感じなの?」
「いつもって?」
「仮に、好意を抱いている男性が、他の女性と二人きりで食事に行ったりデートしたりしても、素敵な相手であればやきもち妬く程度ですむの?」
「無理にやきもちを妬く必要はないけど、そのほうがスパイスが効いていて楽しいじゃない?」
「そうじゃない女性のほうが多いと思うけど」
「…そうかもね」
「俺はそういう女性、好きだけどさ…めずらしいよね」
「どうかな…でもあなたほどの男性と一緒にいるとなると、そのくらいの余裕を持ってないと大変だというのは、女性が誰しも感じると思うわよ」
「…よく云われるかな」
「でしょう。自信じゃないけど、いろいろ経験してある程度の恋愛観を持ってないと辛いだろうし…あなたからは、なかなか誘わないでしょ?」
「そんなことないよ。どうして?」
「別に。なんだか、女性から声がかかるのを待ってるような、自分に責任が来ないように巧くかわしてそうな感じがするから」
「今晩も俺から誘ったつもりだけど」
「…そうだけど…女性から誘われて断ったことある?」
「…あんまりないかな。でも行けないこともあるから」
「それは仕事とか都合の問題でしょ? 嫌いじゃなければ、誘いは全部受けそう」
「…でも君だって、今日は断る理由なんてなかったんだろ?」
「…あなただからね」
「同じことだろ」
「…」
「最初はそれでいいと思うけど、どう?」
「…最初?」
「そう…最初は、ね」
「じゃあ最後もあるってことね」
「…楽しそうだね」
「最後を考えて笑ってるわけじゃないわ…でも、始まりがあるって楽しいでしょう」
「そうだね」
「…」
「云ってることわかるよ、すごく」
「似てるのね、私たち」
「…ところで」
「?」
「恋人はいるの?」
「…どっちだと思う?」





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