全104件 (104件中 1-50件目)
人生は、大きな大きな砂時計。生まれたときから、それはひっくり返って、砂は落ちていく。悲しいけど、砂の量は、一人ひとり決まっているのだろう。でも、それが分からないから、私たちはいつも迷いながら生きている。この瞬間にも、砂は確実に落ちているのに、私たちにはそれが見えない。見えないから、ついこの大きな事実を忘れてしまう。ひょっとすると、自分が思っている以上に砂の残りは少ないのかもしれない。この限られた砂時計の中で、何をするか。それは、大きな問題だ。残りの砂は、未来!そこに夢を詰め込んで、精一杯生きる。悔いなく、思いっきり生きる。それが、幸せということなのだろう。
December 4, 2005
コメント(27)
幸せを決めるのは自分。自分の人生だから、責任は自分が持たなきゃね。「親がこうして育てていてくれたら・・・」「夫がもっと優しくしてくれたら・・・」「上司の態度があんなだから・・・」「世の中がこんな風だから・・・」こんなこと言ったら、キリがない。確かに、周りの人間がよりよく変わってくれたら有難いことだけど、そうでないなら、それは仕方のないこと。それで、自分の人生をつまらなくするなんて、ばかげている。自分の幸せは、他人に委ねるのでなく、自分自身に投げかけよう!だって、自分の人生なのだから。自分を幸せにするのは自分。たとえ、他人がどうであれ、自分の幸せは自分で築いていこう!自分の幸せを見つめる視点を持ちながらね♪
November 30, 2005
コメント(11)
人生は思い通りにならないことの連続だ。そんな当たり前のことを、たびたび忘れている自分に気づく。例えば、今朝の電車。時間ぎりぎりでホームに駆け込んだ。私の腕時計ではセーフのはずだった。ところが、乗れる寸前のところで電車の扉は閉まった。「むかつく~」と思う私の心。例えば、スーパーでほんの2品ばかりの買い物。一番空いている列を探して並ぶ。前に並んでいる子供も品数は手に数品持っているだけ。シメシメ。しかし、嫌な予感はした。直前になって、母親が山のような買い物籠を引いて突然現れる。子供を先に並ばしていたのだ。「むかつく~」まあ、思うとおりにならないのが人生。それなのに、こんなことで一瞬ムッとする自分を反省する。そんなに自分に都合よくこの世はできていない。こんな心の片隅に見え隠れするエゴを、しっかり見つめていかなくちゃね。
November 27, 2005
コメント(9)
あなたが、今、求めているものは何ですか?そして、それが手に入れば、あなたは幸せになりますか?私たちは、必要なもの、欲しいものを求めて生きているのかも知れない。もし私がこんなことができたなら、とかもし大金持ちになれたら、とかそんなくだらない事を考えてしまうときがある。欲しいものは、なにもお金やものだけでなく、愛だったり、健康だったり、人によって様々だろう。でも、それが自分のものになったとしたら・・・、本当にそれで、幸せになれるのだろうか?もし、あなたがそう思うのなら、それは、あなたが自分自身のこころをごまかしているのかも知れない。こころに満たされない欠乏感が宿っている限り、どれだけのものを手に入れても、こころは満足しないだろう。自分の持っているものの豊かさに感謝できたとき、幸せは、私たちに微笑むのだろう!
November 23, 2005
コメント(11)
5mの象が「あっ」という問に消えるマジックショーがある。大きなカーテンを象の前に下ろして、一瞬象が姿を隠す。次の瞬間には、ふたたびカーテンを引き上げる。するとどうだろう!象の姿はもうそこにない。5mの巨体が消えた!!不思議だ。舞台の上で、象が隠れるところなどどこにもない・・・はずだ。この謎を解くヒントは、私たちの固定観念にあるらしい。そう、私たちのものの見方が、先入観に支配されていると、絶対、この謎は解けない。5mの巨体の象も、真正面から見れば1mの幅の中に収まることになる。ものの見方を変えられるかどうかだ。私たちは、普段の生活の中で、これと同じ過ちをしばしば行う。「男は強くあるべきだ」「女房は、何も言わなくても分かるべきだ」「あの上司(部下)に話しても駄目だ」「絶対無理だから、やっても仕方がない」などなど、数えたらきりがない。私たちは、ものの1面しか見ていないで判断してしまうことが多い。そして、それはしばしば大きな間違いを起こす。だから、固定観念は捨ててしまえ!ものの見方を変えなければね。本当のところは見えないかもしれないよ。
November 18, 2005
コメント(6)
私の好きな言葉。何だと思いますか?「愛」とか「信念」とか思うでしょ、と、こ、ろ、が(野菜ジュースのCMの感じで読んでね)答えは、「お得」「50%OFF」「出血大サービス」といった言葉です(^^)ところで、日本でしか成り立たない商売って、何だと思います?答えは100円ショップです。私も、大好きだ。いろいろなものがいっぱい。近頃は、「こんなものまであるのか」と思うものも多い。つい買いたくなってしまう。1番の大手である100円ショップの仕組みは、すべて50円で買い取り、100円で売る。粗利50%だ。でも、50円の仕入れで業者が来るのだろうか?だから、この商売は日本でしか成り立たない。(アメリカなどの先進国でも成り立つかもしれないが)100円の価値。東南アジアでは、お腹いっぱいに食べられる金額だ。だから、納入業者は後を絶たない。50円で買ってくれるのならと、次々と取引の依頼が来る。このことを考えたとき、私たちがいかに恵まれているかを痛感する。100円の価値。世界の人口の1/3は飢えている。その事実を知ったとき、私たちは自分たちの豊かさに感謝しなければならないだろう。
November 12, 2005
コメント(11)
今抱えている苦しさも、悲しさも、必ず時間が解決してくれる。だから、今、目の前に立ち塞がる壁がとっても高く思えたら、無理に超えようと思わなくてもいいよ。ただ、そこから逃げずに、見つめていること。それだけで充分だよ。そうしたら、いつか・・・壁だと思っていたものが、道になるときがある。きっと、人生はそれの繰り返しなんだろうな。私たちは、今のこの壁しか見えないから、それは、ただ苦しいだけのように思えるけど、人生通して見ることができたなら、これも意味のあることだと分かるのだと思うよ。素晴らしい未来が早く訪れますように!
November 8, 2005
コメント(8)
![]()
冒頭は、1時間近くもの喜びと幸福に満ちた結婚式のシーン。一転、悲惨な戦争の姿に変わり、そこで行われるロシアン・ルーレットの残酷さ。そして、帰還後のそれぞれが歩む人生。どのシーンひとつとっても、美しく迫力のある映像と演出の凄さにこころが圧倒された。終わったあとは、感動が重く身体にのしかかってきて、しばらく金縛りにあったように動くことができなかった。そして、その後何日間かは、ず~~~と、この映画のことについて考えていた。この映画は、戦争を題材にしているけれど、見つめているのは人間自身だ。人間の重さや深さを、これほどまでに表現できるなんて・・・「自分という人間の中には、まだまだ自分の知らないものがたくさん潜んでいるに違いないと実感させてくれた映画」(宮村優子)間違いなく、私にとってNO.1の映画!!!こうして書いていて、この素晴らしさを言葉で表すことの限界を感じている。この映画で、ロバート・デ・ニーロが何度か言う言葉。“One shot is what it’s all about”この瞬間がそのときは全てなんだ。かけがいのないこの人生。この瞬間は、もう2度と来ない。一瞬、一瞬を全てだと思って、生きていかないとね!私にとって、生涯の親友であるこの映画が、そう教えてくれました♪ *送料を含めると上の2点が最もお得でした♪
November 5, 2005
コメント(5)
生きていると、何度も何度もできないことにぶち当たる。先週も、「しまった~。まずかった~。」と、気づいたときには遅かった。今回はちょっと落ち込んだ。10分間くらい後悔して、その後、何度か思い出したから。(まあ、この程度の落ち込みですが・・・)そのあとは、挽回するしかない。反省を踏まえて、次のことを考えた。次、どうするか?そして、昨日かなり挽回できた。もともと、私がしまったと思ったほど、ことは重大でなかったのだけど、自分自身の気持ちが納得していなかった。昨日で、気持ちに区切りが付いた。これで、やっと一安心。今回のことも、少しは自分の成長に繋がったかな。つまずく失敗。ぶち当たる壁。転んで招く落ち込み。それらが、もっと自分が大きくなれるためのバネになる。そう信じて・・・つまずいても、つまずいても、挫けずに、真っ直ぐ歩む人間になりたいと思う。
November 1, 2005
コメント(11)
細胞は生まれ変わり、5年も経つと、今の自分は物理的には、存在しなくなる。今、自分の身体を構成しているすべては滅び、新しい自分に生まれ変わる。それでも自分でいられるのは、自分という存在が肉体以外にあるからだ、としか言いようがない。自分自身を創るもの。それは、なんだろう?今日という日も、自分自身を創っただろうか?そう、自分に問いかけてみる。自信はない。それがいけない。「今日という日を自分は生きた」と自信を持って答えられること。それが新しい自分を創っていくことなのだろう。自分自身を変えるのは、自分自身だものね。
October 29, 2005
コメント(12)
私たちが仕事をしていて、問われなければいけないこと。それは、お客さまの幸せのために仕事をしているかどうか。食事を提供する職場なら、「おいしいな~!」と言って食べていただくお客さまの笑顔を見つめているか?ものを売っている商売なら、それを身に着けたり、使ったときに、喜んでいるお客さまの姿を見つめているか?仕事をしていて最もうれしい瞬間は、お客さまに感謝されたとき。それが、仕事のやりがいだ。しかし、お客さまに感謝されようと思って仕事をしても、決してそうはならない。お客さまから感謝をいただく、唯一の道は、まず、自分がお客さまに感謝をすることだ!お客さまがいて、今こうして働けていることへの感謝。この感謝に応えるために、自分が何をしてあげられるのか。そう思いながら仕事をすると、それは必ず仕事の中に現れる。そして、それは必ず、お客さまに伝わる。100人いるお客さま全員に伝わるかどうかは分からない。けれど、この思いは仕事の中に現れて、それで喜んだり、感動してくれるお客さまが必ずいるものだ。そういう仕事をたくさんできたら、幸せだな。
October 25, 2005
コメント(6)
1~2年前、福岡の代議士でアメリカの大学の卒業を偽証して、議員を辞職した人がいた。言い訳を聞いて、ずいぶん往生際が悪いな、とそのとき思った。ブログの中でも、ときおり、自殺を試みる人がいる。そのことを日記に書いている方は、死んでいないということだけど・・・。私のブログに以前よく来てくれた方は、今年のはじめ自殺未遂をされた。それから、3ヶ月くらい経ってから、彼女のブログの更新が止まった。もちろん、その後訪問もない。今でも、とっても気に懸かる。卒業証書をもらわないまま、次の世界に行っても、必ずそこには、同じような問題が待っていることだろう。人間関係が理由で会社を転職しても、次の職場でまた同じように相容れない人間がいるのと同じだ。この世界は、決してバラ色ではない。でも、真っ暗でもない。僅かな明かりであっても、目を凝らして見れば、見えてくるものがある。その明かりに目を向けて、お互い、頑張っていこうね!
October 21, 2005
コメント(12)
赤ん坊が生まれてくるとき、「オギャー、オギャー」と激しく泣いて胎内からでてくる。ニッコリ笑って出てくる赤ん坊がいたら、逆に気持ち悪いだろう。赤ん坊が激しく泣くのは、胎内の心地よさから、突然、居心地の悪いこの世に出されるからなのだそうだ。赤ん坊にとっては、いい迷惑だ。けれど、私たち大人は、そんな赤ん坊の気持ちとは裏腹に、この世での新しい命の誕生に喜ぶ。死ぬときは、その逆だ。臨死体験を研究したキューブラー・ロスによると、死の世界からこの世に戻ってきた人は、その瞬間がっかりするという。死の世界はとっても心地がよいらしい。死んでいく人は、心地よく亡くなっていく。本人に死の苦しみはない。しかし、周囲の私たちは、親しい者の死を嘆き悲しむ。私たちは、この世が全てだと思っている。しかし、実際は違うのかもしれない。だけど、この世が全てだと思って一生懸命生きなければ、次もまた、一生懸命生きることはできないだろう。もし、この世の終わりが全てでないとしたら、この世での生き方は、次につながっていくものなのだから。
October 14, 2005
コメント(5)
何を見つめているか?そう、それが問題だ。私たちがよく犯す過ちがある。それは、結果で自分や他人を判断してしまうこと。でも、幸せは結果から生まれはしない。結果に向かっているプロセスから生まれるものだ。何を見つめて、働いていますか?何を見つめて、生きていますか?私たちの人生が意味を持つことは、何を成し遂げたかではなくて、何を見つめて生きたか!それが、充実した人生ということなのだろう。
October 10, 2005
コメント(10)
このブログの友人が、そのまた友達が結婚することになり、「幸せおめでと~~~う!!」と喜んでいた。心から喜べることって、素敵なことだ。人の幸せを喜んだり、願ったりしていれば、きっと自分にも幸せが訪れて来る。だって、幸せに目を向けていれば、自分の心も楽しくなるはず。仮に、頭にきたことや、嫌いな人のことを思い浮かべてごらんよ。ほら、今でも腹が立ってくるでしょう。それでは、自分の心が可哀そう。だから、人の幸せを喜ぶことは、他人にも、自分の心にも優しいこと。だって、喜ぶ笑顔を交わすだけで、お互いの心はHAPPYになれる。「おめでとう!」「ありがとう!」この会話だけで、心はHAPPYになれる。だから、今日もだれかの幸せを思い浮かべ、喜ぼう!だから、今日もだれかの幸せを願おう!「みんなが幸せを感じることができますように!!」
October 6, 2005
コメント(12)
朝、起きる。まず、パソコンに電源を入れる。それから、バルコニーに出て、空を見上げる。空が青いと気持ちいい!そして、バルコニーの植物を観る。花が咲いていると「ありがとう」と言う。落ちている葉っぱは、拾って鉢の中に入れる。きっと、土に還っていくのだろう。そして、洗面所にいき、ジョウロに水を入れ、植物たちにたっぷり水を与える。それを、3回繰り返す。それから、また空を見上げる。そして、幸せを感じる!いつも見ている同じ風景。でも、そこには今日の顔があって、今日の1日が始まる。そして、パソコンに戻り、みんなのコメントを見る。これも、幸せだ。嬉しい1日の始まりだ。いつも、バルコニーから見る青い空。時には雨の日もあるけれど、この幸せを大切にしたい。いつまでも、この青い空を見つめていたい!できることなら。
October 3, 2005
コメント(12)
目標に向かって突っ走ることは素晴らしい。理想を目指してがんばり続ける人も素敵だ。仕事でも、そんな人と会うことがある。心から「がんばれ!」と応援したい気持ちになる。がんばる人の姿は、私にも勇気をくれる。でも、そんな人も、壁にぶつかることがある。そんなとき、私は言う。「前に向かって進んできた証拠だよ。止まっていたら、壁にはぶつからないからね。その壁を乗り越えたとき、もっと大きな自分になるよ。」けれど、思った以上に壁が大きなことがある。そんなときは、立ち止まってみることも大切だ。そう、足を止めて、ゆっくり休んでしまおう!自分の気持ちが疲れたときには、じっくり休んで、自分の心を癒してあげよう!きっと、知らず知らずのうちに、自分に無理をかけているんだよ。立ち止まることや、迷うことや、泣くことは、一見、否定的な感じがするけれど、次にまた走り出すために、必要な踊り場。しばらく、そこで休んでみたら、また、元気な自分に出会えると思うよ!
September 29, 2005
コメント(18)
人生は楽しいことの連続?それとも、イライラすることの連続?きっと、どちらも正解だ。人生は、楽しいことの連続でもあるし、ブルーの連続でもある。大切なことは、どちらに目を向けるかだ。あなたのその視線のちょっとした方向の違いが、HAPPYになるか、ブルーになるかの大きな分岐点だ。これまでも辛いことはあったし、これからも、きっとあるだろう。だけど、それが問題なのではなくて、それにどう向き合うかが問題なのだ。視線の先には、いつもHAPPYを見つめていこうね!それが唯一の幸せの近道だから。
September 26, 2005
コメント(14)
昨日、私がお世話になっている会社の上級部長職の方が辞めることになった。部下の心が離れてしまったことが、その要因となっている。人には、偉くなって伸びていく人と、偉くなると傲慢になっていく人とがいるように思う。もちろん、0か100かで語られるものでもなく、どちらの要素も併せ持っているのが人というものだろう。しかし、不思議なことに、どちらかに偏る。彼の場合は、明らかに傲慢に偏っていった。私は、仕事で人を評価することがあるが、私の判断基準は、仕事に対する姿勢だ。それが一番肝心だ!地位やお金を目的として生きていたなら、それらを手にしていくに連れ、失っていくものがあるのだろう。いつの間にか、心の中に生まれる傲慢さといつの間にか、心から失われる気持ち。そして、そういう一面を持っているのが人間だということを、私たちは常に意識して、自分自身に言い聞かせる必要がある。謙虚な気持ち、感謝する気持ち、暖かい気持ち、生きる姿勢がなにより問題だ!どんなこころの姿勢で生きているか、それを最後に問われるのが人生なのだろう。p.s.先週、今週と忙しく、ブログの更新が遅れました。(皆さんへの訪問もね。)体調は、少々飲みすぎた日を除けば、良好でした。心配していただいた方、ありがとうございました。
September 23, 2005
コメント(10)
自分を否定するようなことをいう人がいる。でも、それは間違いだ。だって、間違いをおかすのが人間だ。だれでも欠点を持っている。失敗をしない人間は、人間らしくなくて、好きになれない。だから、自分を責めないで!自分を受け入れて、少しずつ嫌なところは直していこう。だって、自分はこの自分しかいないのだから。私は、イチローにはなれないし、キムタクにもなれない。それと同じように、あなたが「自分以外のだれか」になりたくても、それはあまり現実的でないよね。現実以外の自分を追い求めるよりも、自分のよいところを見つめていこうよ!そして、自分を愛することができたらね♪嘆くことはなにもない。だって、自分に愛される自分は、みるみるうちに、ステキになっていくのだから!!
September 18, 2005
コメント(18)
これまで長い人生を歩んできて、たどり着いた今の場所。しばらく、ここに居たいけど、いつまでいられるかは分からない。これから先、長い長い道のりがまだあると信じているけれど、だからこそ、ここはゴールでない。まだまだ、いっぱいすることがあるに違いない。それがハッキリなにか、分からないけど、自分がこれから歩んでいく中できっと見つかるに違いない!今、私がいるこの場所も、これまでの私の人生がいっぱい詰まった場所だ。たまに、それを悔やむ人もいるけれど、私はこの場所が大好きだ!だって、この場所を否定することは、自分を否定することなのだから。でも、この先歩んでいく新しい場所を、もっともっと好きになりたいと思う!
September 15, 2005
コメント(12)
人生に、上だとか、下だとかは、ないのかも知れない。でも、人生は人によって様々だ。一人にひとつ人生があるのだから、それは千差万別だ。どれひとつとっても、同じものはないのだろう。このことは何を意味する?そう、私たちは「決して公平ではない人生」を、それぞれが与えられている。置かれた境遇、生まれた家、健康であるかどうか、顔や形だって、寿命だって、みんな違う。そう、人生は不公平だらけだ。それが、人生なのだ!だけど、そのことに腹を立てるのでなく、当たり前のことだと思って、それらを全部受け入れていこう!これが私たちに与えられた人生だから、これらを使って、精一杯、自分の幸せを創っていこう♪私は今が一番と思っている。恵まれていると思っている。でも、もっとよくなるかも知れない。そうじゃないかも知れない。だけど、どっちにしても、それぞれに幸せを感じることを大切にしたい!
September 12, 2005
コメント(12)
私たちの人生は一つだけ。だから、もっとよい人生も、もっと悪い人生も、ないのだろう。あるのは、この人生だけ。自分が選んだ唯一のものだけ。そう、この人生は自分で選んでいる。もし、あなたがそのことをあまり意識しなかったとしても、この人生を選んだのは「あなた」だ!自分が選んだ唯一の道だから。だから、その選択が正しかったかどうかではなくて、選択した道を精一杯やれたかどうかが重要なのだろう。他に進んだらと、私たちは、つい思ってしまうことがある。でも、そんな人生は存在しない。だから、そんなこと考えたって、意味がない。これは、全く無駄なこと。常に私たちの選択は正しい。その選択に付いていく自分があって、選んだ道を精一杯進んでいるのならね♪
September 9, 2005
コメント(14)
私は基本的にテレ屋だ。人に褒められると、テレてしまい、つい「そんなことないよ。」などと言ってしまう。素直に喜びを表すことが出来ない。困ったものだ!とても褒められ上手な女性がいる。褒められると、笑顔いっぱいにして「ありがと~!!!」と関西弁訛り(語尾が上がる)で返ってくる。それが、とっても自然だ♪褒めたこちらが、嬉しくなる!褒められ上手な人は、同時に褒め上手でもある。わたしが彼女を褒めるのも、先に褒められたからだ。とりわけ、個人的に親しいわけではないのだが、そんなわたしに対しても、褒めることを見つける天才だ。もちろん、褒められたら、嬉しい!自分を謙遜することは、一見大人のようだが、実は、褒めてくれた相手の好意を踏みにじることになる。だって、褒め言葉を口にするには、勇気と相手に対する優しさが必要だから!だから、相手の優しさを受け止めてあげなきゃ♪喜んで返せば、お互いがHAPPYになれる。そんな簡単なこと。それなのに、上手くできない自分は、まだまだ人間の大きさが足らないと反省する。それでも、以前よりずいぶんましになったけど・・・、彼女のようになるには、まだまだだ。
September 5, 2005
コメント(18)
毎日が始まりだ。そう思うと、ワクワクしてステキだ。昨日は過去。明日は未来。私が生きているのは、今ここだけ。今日、新しい自分を発見できるだろうか?新しい自分が発見出来たら、それは、とってもHAPPYなこと!でも、それは、毎日感じることが出来るものなのかも知れない。感じる心が私たちにそれを求めている。明日は、なにが始まるのだろう?明日の自分、楽しみですね!!
September 2, 2005
コメント(10)
私たちは、だれでも幸せを求めている。大きな幸せを手に入れたいと若い子が言う。でも、大きな幸せって、なんだろう。何を大きな幸せだと思っているのだろう。小さな幸せを感じることができなければ、大きな幸せは手に入らない。小さな幸せに感づいたとき、それらが繋ぎ合わさって、大きな幸せに紡ぎあう。そんな心を身につけられることが幸せを手に入れることなのかな。<今日の小さな幸せ>バルコニーのハイビスカスが、5つも花を咲かせました!一度にこんなにたくさん花をつけたのは、はじめてのことです。(ここに写真を貼るはずでしたが、容量が小さくならないのであきらめました。(TT))ありがとう♪花に感謝です。
August 30, 2005
コメント(20)
「はじまり」と「終わり」は両方、とっても大切だ!だいたい、映画でも、よい映画はオープニングとエンディングが素晴らしいものだ。私たちの生活でも、それは全く同じ。1日の最初と最後が、生活の良し悪しを決めてしまう。朝、どんな感じで起きていますか?朝の自分がその日の元気を決めてしまう。だから、朝だらだらしていると、1日中がだらだらの連続だ!朝一番からチョ~元気に張り切れば、1日中が元気でいられる!!夜、楽しく1日を終えていますか?その日の嫌なことを思い返していると、今日1日が台無しだ。愚痴で1日を終えたら、明日という未来を、台無しにしてしまう。確かに辛いことや、悲しいこともあるけど、1日全部がそうだったわけではない。楽しかったこと、よかったことがそれ以上にあったはずだ!よいことを思えば、明日はもっとよくなっていくもの!!さあ、ステキな最初と最後にしましょうね♪
August 27, 2005
コメント(16)
数年前から、天気がよかった日の夜は、北斗七星を肉眼で見られることに気がついた。小さな頃から東京で育った私は、星座はプラネタリウムでしか見られないものだと思っていた。「あっ、北斗七星だ」と気がついたときは、ちょっとの感動と幸せを味わえる!そんな日には、他にもたくさんの小さな星が見える。(数えようと思えば数えられるので、無数の星々というわけにはいかないが)夜空に光る小さな星たち。きっと、その一つひとつに物語があるのだろう。私たちと星との距離は、1万光年とか、10万光年とか、創造しがたい長さがある。今、目の前の星の輝きは、1万年も、10万年もかかって、私たちの目に届いている。私たち人間が生まれる、ず~~~っと以前の輝きだ!そして、目の前に見える星は、もう存在していないのかもしれない。目に映る輝きだけを残して、とっくに消滅しているのかも・・・。そう思うと、時の流れの不思議さ!宇宙というものの大きさ!それらを感じないわけにはいかない。私たちは、そんな大きな世界の中にいるとても小さな存在だ。
August 24, 2005
コメント(49)
今年のはじめに枯れてしまったハイビスカスの鉢植えから、新しい芽が出てきたのは4月頃のこと。それから、少しずつ大きくなって、今は大きな葉っぱをつけている。とても大きな葉で、隣の先輩のハイビスカスの3倍くらいある。でも、葉の形は同じだ。これが、これからどんな風に成長していくか、とても楽しみだ。一つの命がなくなり、新しい命を生む。以前の命よりも、もっと大きな命に生まれ変わる。私たちは、どうだろう。生まれ変わることをしているだろうか。過去の自分は変えられないけど、これからの自分は自分次第だ。それなら、自分の心に聞いてみよう。もっと大きくなろうとしているだろうか?そして、もっと大きくなるために、過去を捨てているだろうか?毎日、生まれ変わろうと思って生きていけたなら、もっともっと成長できるのでしょうね。*フリーページを作成しました。ちょこっと見ていってくださいね♪→「こころを元気にするBOOK」→「お勧めのワインショップ」
August 19, 2005
コメント(12)
「実存は本質に先立つ」(サルトル)この世にあるものは、すべて意味を持って生まれてきた。今、目の前にある本や、鉛筆や、パソコンも、本は読まれるために作られたものだし、鉛筆は書くために作られ、パソコンは人の生活の役に立つために作られた。そう、彼らは生まれてくるときに、すでに本質を持っている。しかし、人間はどうだろう?私たちは、何のために生まれてきたのか。私たちは、生まれたときに、それを知ることは出来ない。なぜなら、その意味を作るのは自分自身だから。生きていく中で、自分という存在に意味づけしていかなければならない。だから、存在が本質に先立つとサルトルは言う。でも‘最初から決められていない’って、素敵なことだと思う!私たち自身で創っていけるのだから。可能性は、どこまでも広いはずだ。だから、自分の存在の意味を創るのが生きるということなら、生きることは素敵なこと!だって、人が生まれてきた意味は、必ずあるはず。あなただって、私だって。
August 13, 2005
コメント(22)
自分を感じることができますか。自分の身体を感じることができますか。自分の手や、足や、背中を。自分の心を感じることができますか。自分の痛みや、喜びや、本当の気持ちを。自分をいっぱい感じとろう!どんな小さなことでも(たとえ、他人は気にかけないことでも)それを自分が気になっているのなら、自分で自分を感じてあげよう。いっぱい、いっぱい感じてあげよう!そして、感じた自分を認めてあげることができますか。好きなところも、嫌いなところも全てひっくるめて感じた自分を愛してあげよう!とっても、とっても大切な自分だから。*フリーページを作成しました。ちょこっと見ていってくださいね♪→「こころを元気にするBOOK」→「お勧めのワインショップ」
August 10, 2005
コメント(20)
答えはひとつじゃないよね。そう、正解があるのかどうかも分からない。でも、私たちは、今この瞬間にも、選択をしていかなくてはならない。生きるということは、選択の連続だから。答えはひとつじゃないよね。そう、答えはたくさんある。でも、真実は、幼稚園の頃教わったとても簡単な言葉の中にある。だけど、そんな簡単なことも、自分自身に言い続けていなければ、忘れてしまう。答えはひとつじゃないよね。そう、このたくさんの答えの中から、私たちは自分にとっての真実を見出していかなければならない。これから、どんな答えを私は、私に出していくのだろう。この与えられた生に対して!それが楽しみであり、ちょっと希望でもある。
August 7, 2005
コメント(12)
人の身体は、毎日、毎日新しい細胞が生まれていき、古い細胞が死んでいく。5年もすると、今ある自分の肉体は、すべて入れ替わると聞いたことがある。変わるのは身体だけじゃない。自分の中で、何かが失くなっていく。けれど、その分新しい何かが生まれていく。失うことに痛みを伴うこともある。けれど、新しいなにかを得るためには、古いなにかを捨て去らなければいけない。昔の自分と、今の自分と、これからの自分。昔の自分より、今の自分の方が好きだ。そして、これからの自分をもっともっと好きになりたい。失ったものもあるけれど、そして、これからも、あるだろうけれど、これからの自分が楽しみだ!どう成長できるか、それが楽しみだ。だから、「お前は、どう変わっていくのか」常に自分自身に問いただしていかないとね。*フリーページを新たに作成しました。ちょこっと見ていってくださいね♪→「こころを元気にするBOOK」→「お勧めのワインショップ」
August 4, 2005
コメント(250)
生きることの究極の目的は、幸せになることだ。私たちは、みな、幸せになりたいと思って生きているはずだ。けれど、何が幸せかは、人によって違う。そう、いろいろな幸せがあるはずだ。それなのに、今の私たちの社会には、「勝ち組」「負け組」という類いの言葉が氾濫している。一様に「幸せの形」を作りたがるその心の憶測には、いったい何があるのだろう。自分で幸せを決められるだけの価値観を、私たちが失ってしまったからだろうか。でも、幸せは他人が運んできてはくれない。幸せは自分で招くものなのだから。いいえ、ちょっと間違い。幸せは自分で気がつくものなのだから!!
August 1, 2005
コメント(22)
嫌でも死は必ずやって来る。頭で分かっていても、そんな簡単なことを忘れてしまうことがある。だから、1回限りのこの生命を大切にしたい!死にたいと言う人もいる。でも、必ずいつか死ぬのだから、そんなに急ぐことはない。1回限りのこの生命を捨ててしまっては、もったいないと思う。魂は永遠なのだろうか?とても大きなテーマだけど、これはハッキリ知ることができない。でも、少なくても・・・、私たちは自分の魂と永遠に付き合っていかなければいけないのだと感じている。きっと、そうなのだろう。死んでも、この自分が今持っている魂の存在は残るのだろう。そして、それこそが自分なのかもしれない。だから、死んでもそれで終わりではないし、なにも解決しない!自分から逃れることはできない。また、次の生命へと積み残していくだけ。そう、生きることの問題集が、ただただ分厚くなっていく。それだけ・・・。
July 29, 2005
コメント(14)
宇宙が生まれて、137億年の歳月が流れているらしい。人間の歴史は、それに比べ、たったの5,000年だから、宇宙からみたら、生まれてまだ2~3ヶ月の赤ん坊と同じ。でも、宇宙が生まれてから、人間はず~~~~~と進化し続けてきた。奇跡の連続で、私たち人間は生まれた。ビッグバーンによって宇宙が生まれてから、様々な偶然によって、人類が誕生した確率は、サルがでたらめにキーボードをA4用紙10ページ分叩いて、それを見てみたら・・・、「なんと、ちゃんとした文章になっている!!!」というほど、あり得ないことなのだそうだ。(分かったようで、分からない例えだけど)つまり、人間という生命は、宇宙の中でエリート中のエリートだ。人類の誕生は、何かの意図がなければ、あり得ないこと。だから、これには、きっと大きな意味があるはずだ。私たち人間は、その意味を考えなければいけないことに、いつか気づくのだろうか。気づいたときに、平和な世の中がやってくるのかもしれない。しかし、それは、いつになるのだろう?まだ1歳にも満たない私たちだから、私たちが大人になるまでには、まだまだ気が遠くなるほどの年月を必要とするのだろう。それでも,愛と平和に満ちた世界が、いつの日にか訪れると信じていたい!!
July 26, 2005
コメント(10)
人間は、ありとあらゆるモノを詰め込んで、創られたのでしょうね。だから、最も美しいものから、最も醜くいものまで、人間は内在させている。両方あるとしたら・・・、どっちを選びますか?答えは決まっている。そう分かっていながら、なんで人間は間違いを犯すのだろう。昨日も今日も。人間の叡智ということを言う人もいる。それって、何なんだろう?人はだれも、エゴや、わがままや、弱さを持っている。それらを認めて、正面から自分の持つ弱さと向き合ったとき、強がりでなく、本当の強さを身につけられるような気がする。だから、弱さを見せるなと言いたくない。わがままでない人間になれ、とも言わない。エゴを全て捨て去れと言っても、無理なことなのだろう。でも、それらを幾分なりとも自分も持っていることを・・・、そのことと正面から向き合って、常に自分に問わなければいけないと思う。「それが分かった上で、自分はどう生きようとしているのか」を!人の心の美しさは、弱さやエゴが全くないことではなくて、自分の持つ弱さやエゴと闘おうとするところに、生まれてくるものなのだから。
July 23, 2005
コメント(14)
今日も、また1日が過ぎてゆく。どうして、こんなにも時の流れは速いのだろう。あっという間に1日が過ぎ、あっという間に1ヶ月が経ち、あっという間に1年が終わる。そう考えると、焦る。限られた命の中で、この1年で自分が何をしたのか?「この時の流れの速さに、自分の成長が追いついていない。」と思ってしまうことがある。心の成長は目に見えないもの。だから、その成長を測ることは出来ない。けれど、これはとっても重要だ!幸せのためにはね。昔、ファーストフードのハンバーガーを食べて「うまい!」と言っていた人が、裕福になるにつれて、それを食べてもおいしく感じることがなくなった。これは、幸せなこと?それとも、不幸なこと?人は、いったん手に入れたものは、その瞬間から価値を失ってしまう!贅沢が当たり前になってしまうことの怖さ。だから、物欲はあまり関係がないのかも知れない。幸せのためにはね。人間の本当に偉大な力とは、自分が今持っている日常に、感謝や、豊かさや、幸せを、感じることができることだ。その力を身につけるために、大きな心を持たないとね!
July 20, 2005
コメント(6)
「仕方がなかった」というのは、すべて、断片であり、謎であり、偶然である-それに対して、創造しようとする意志が「違う、わたしがそれを望んだのだ!」と言うまでは。(ニーチェ「ツァラトゥストラ」より)自分に降り注ぐすべてのことは、意識しているかどうかにかかわらず、自分が決めていること。「すべてのことには意味がある」としたら、自分の人生に起こっている一つひとつの出来事に、その意味を見つけていくことが、人生が私たちに与えた宿題なのだろう。人生の最後に「あのときがあるからこそ」と言えるとしたら、今という時間は、振り返ってみて、私たちにとって、どんな時になるのだろう?その意味を自分たちで見出したとき、今という時間は、(断片でもなく、謎でもなく、偶然でもなく、)自分の人生の一繋がりを、輝かせるために、必要な存在となるのだろう!
July 16, 2005
コメント(16)
もう、ずいぶん前になるが、「ガイア」を読んだ。そのときから、地球も一つの生命体だと思っている。そして、地球は人間よりもずっとずっと強い生き物だと思っている。氷河期で、地球上の生き物のほとんどが滅んだけど、地球は風邪も引かなかった。オゾン層破壊が進んでも、地球は火傷もしないだろう。人類は簡単に死ぬけど、地球は簡単には死なない。だから、人間が「地球に優しく」というのは、大きな驕りだ。それよりも、地球はたくさんの恵みを私たちに与えてくれている。地球の方が、ずっと私たち人類に対して優しい。地球の恵みに感謝し、その恩恵を大切にするため、そして私たち自身のために、自然の営みを大事にしなくてはいけない。そう、地球の声に耳を傾けなくてはね。その声に気がつかないと、いつか私たち自身が、私たち人類を滅亡させてしまうだろう。それでも、地球は生きている!そのとき、地球は私たちを笑っているのだろうか?それとも、悲しんでくれるのだろうか?それとも・・・優しさに甘えた私たちを哀れむのか?
July 13, 2005
コメント(16)
(次の話は、日本メンタルヘルス協会(URLは文末に記載)の衛藤先生が、ご自分のお子さんが小児病棟に入院されていた時分に経験された話しをもとにしています。)いつも、いつも明るくて、周囲に笑顔を振り撒いている子供。まだ、5歳なのに、どこからその優しさを身につけたのだろう。でも、小児病棟にいる人たちは、みんな知っている。本人と他の子供たちを除けば。みんなに愛されているこの子が、不治の病に侵されて、先があまり長くないことを。病棟は、いつも明るい。先の長くない子供を持つ親たちが、努めて明るく振舞っているからだ。子供たちの前では、決して涙を見せまいと誓った親たちが。しかし、あるとき、病室に訪問していた人が、何気なく聞いてしまった。「○○ちゃんの夢はなあに?」と。すぐに、「大人になること♪」という答えが返ってきた。そのとき・・・、それまで笑い声に満ちていた病室が、凍りついた。大人になることを夢見ている子供がいる。そして、そんな夢さえも叶わない子供がいる。このことを、知ったとき、私たちは、生きて、生きて、生き抜かなければならないことを知る。「大人になること」を夢見て、この世を去った小さな命。その小さな命の夢の中で、今、私たちは生きている。こうして大人になって。私たちには、それは当たり前のことだと思っている。でも、その当たり前がどれだけ幸せなことなのか、私たちは感じているだろうか?このことを思うとき、私たちは、自分が恵まれている存在であることを知る。この世界にもういない小さな命が、生きることの大切さを私たちに教えてくれる。<日本メンタルヘルス協会> http://www.mental.co.jp→私もここで、言葉で表せないくらい多くのことを学びました。
July 10, 2005
コメント(20)
いくら頑張っても、自分だけの力では、どうにもならないこともある。一生懸命やっても、最後は運に任せなければならないことは多い。だから、良くなるのも、悪くなるのも、自分の力が及ぶ範囲ではないことが確かにある。なんで、こんな結果になったのか?私たちは、必至になって理由を探そうとするけど、本当は、理由なんてないのかも知れない。あるとしたら、それは私たちの力を遥かに超えたところにある理由。それは、私たちには「生命の不思議さ」とか「運命の不思議さ」としか映らないもの。だから、理由探しは、ばかげている。どこを探したって、そんなものは見つかるはずがない。そんなことで、自分を責めないで!そんなときは、「しゃあない!」と、思うこと。ちょっと難しいかもしれないけど、そんな腹決めが必要だ。いつまでも、そこにしがみ付いてないで、一緒に今からを考えようよ!この悲しさは、自分を責めるために与えられたものではなくて、これをどう捉えるかが、私たちに問われている力なんだから。「この悲しみのおかげで、私の人生はもっと豊かになる。」(キューブラ・ロス「続死の瞬間」より)
July 7, 2005
コメント(18)
生きることに不器用、と思っているのは、どうも、自分だけではないようだ。大抵の人が、みなそう思っているらしい。他の人から見たら、そう思えない人でも・・・。でも、人って、本質的に、生きることに対して不器用なのかもしれない。人生、一度きり。初めての人生なのだから、自信を持って進むことは難しい。あっちに、こっちに右往左往しながら、それでも、前に進んでいく。「しくじった!」と思うことがある。そんなときは、自分の不器用さを嘆き悲しむ。でも、間違ったと思っても、後戻りは出来ない。時は帰ってこないから。それでも、まだまだ先に、たくさんの希望という時間がある!笑って、泣いて、楽しんで、落ち込んで、そんな繰り返しの中で、一生懸命生きて、幸せな時間を大切に出来ること。それが、「充実した人生を生きる」ということの意味なのかも知れない。一度きりの人生だから、いっぱい、いっぱい味わおう!
July 4, 2005
コメント(14)
今の自分。自分が生活している状況。自分を取り巻く環境。み~んな、自分が選んだこと。確固たる意思を持って、決めたこともある。しかし、意識せずに「今」になったことも多い。でも、意識していようが、いまいが、全ては自分自身が選択した結果。それが、「今日(こんにち)の私」である。「こんなことは、自分は望んでいなかった。」という人もいるだろう。多くの人がそうした「部分」を持っているに違いない。だけど、考えてみて。望みどおり進むことの方がめずらしい。上手くいったとしても、いかなかったにしても、それを選んだのは自分。生きるということは、選択の連続だ!今、この瞬間も、私たちは選択を続けなければならない。なにもしないのも選択肢の一つ。人が言うとおりに動くのも、自分がそう決めたこと。自分の人生は、だれでも自分で決めているんだ!!!だから、自分らしく生きたいのなら、今の自分と向き合って、自分らしく生きることを選ばなきゃね!それが、自分らしく生きる唯一の方法♪そして、それを決めるのは、自分。P.S.自分の心と向き合って、自分の強いこと、弱いことを受け容れて、そして、他人の強いこと、弱いことが受け容れられたら、いいね♪
July 1, 2005
コメント(12)
ある方から聞いたのですが、アメリカでは、小学生の教育でまず、はじめに教えることがあるそうです。それは、「自分にとっての“成功”を定めなさい」という言葉。アメリカでは小学生が学ぶことを、私が学んだのは、30歳を過ぎてからでした。一流の大学を出て、大きな会社に入り、国家資格も取って。それが、私の成功?いいえ、それ自体は全く幸せとは関係のないこと。ただ、世間の価値観に迎合していただけ。迎合、最も嫌いな言葉です。人生にとっての成功とは、ただ一つ。それは、自分自身が、そして自分の周りの人たちが幸せになること。それに決まった形や、お決まりのコースはない。でも、どうして、日本人は、他人と比べて、自分の幸せを測ろうとするのだろう?それこそ、最も愚かなことなのに。人は社会通念という言葉が頭に過ぎるとき、えてして本当の幸せをその中に閉じ込めてしまう。だから、世間の目を気にして、自分の価値観がゆらゆら、ゆらゆら揺れていたら、この言葉を忘れないで!「幸せに決まった形はない。いろんな、いろんな幸せが転がっている。」だって、いろんな幸せがあっていいのだから!
June 28, 2005
コメント(14)
子供の頃、大人って、何もかも分かっているような人に思えた。でも、いざ自分が大人になると、子供と変わらない自分に気づく。むしろ、子供のときより、自分の嫌な部分を知り、自分のできないところを知り、自分のずるいところを知った。そして、それが分かっていながら、どうしようもできない、でいる。知ったがために自己嫌悪。でも、それでも、私は自分が大好きだ!自分の持つ優しさ、自分の持つ可愛さ、自分がこれまでしてきた、たくさんの素晴らしいことを世界中のだれよりも知っているから。。。だから、自分を愛そう!自分の嫌なところも愛そう。自分のできないところを許してあげよう。自分のずるいところを笑ってあげよう。そういう自分を愛せたときに、人に対しての愛も、真実のものになるのだろうから。
June 24, 2005
コメント(12)
皆さんはどんなとき、悲しい気持ちになりますか。そして、そんなとき、どうしますか。自分の気持ちは自分が一番分かっているようで、実はよく分かっていないもの。そして、自分の気持ちから逃げようと思っても、決して離れることはできないもの。だから、そんなときは、一緒に居てあげたらどうかな?悲しい気持ちに「こんにちは」と声をかけて、ただ一緒に居てあげる。自分の悲しい気持ちに、ちょっと興味と好奇心を持って、「そんなに暗くて重いのは、いったいどうしてなの?」と聞いてみる。共感のこころを持ってね!人はだれかに共感できたとき、優しくなれるから・・・。そして、強くもなれるから・・・。「また、成長できたね」って、自分に言ってあげられるかも知れないから。
June 21, 2005
コメント(10)
自分を見つめる自分がいる。可愛くもあり、憎たらしくもあり、そして、時に、バカだと呆れ返ることがある。時に、どうしようもないヤツだと情けなくなることもある。そんなときは、自分に問いかける。「お前がなろうとしているのは、そんな自分でないだろう。」もう一人の自分を、大切にしている。それは、自分がなろうとしている自分。自分がなりたい自分を描いて、その自分を追っかける。そう、「追っかけ自分」。そして、自分に負けそうになったら、「追っかけ自分は、こんなとき、こんなことで挫けないはずだぞ!」と、自分で自分に言い聞かす。自分がなりたい自分。そんな自分になろうと今日も、もう一人の自分を追っかける。少し近づけた気もする。でも、まだまだ頑張りが足りないなあ。。。そんな自分をいとしく思う。
June 18, 2005
コメント(8)
今日も来てしまった行き詰まりの場所。視界の暗いこころの道を行ったり来たりしていると、いつもたどり着く、いつもの場所。最初はそんなはずじゃなかった。明るい道筋をどこまでも歩いていこうと思っていた。けれど、今日もまた、同じ場所。こころはそれを望んでいないはずなのに、もう一つのこころがある。「自分を苦しめるこころ」そのこころが創りだす、悲観、虚しさ、自己嫌悪・・・・・・。そのこころに話しかけてみる。「お前がそこに居るのは分かったよ。」そして問いかける。「いつまで、居るつもり?」最近、もう一つのこころは一生棲みつくつもりなのが分かってきた。だから、無理に追い出そうとはしないことに決めた。そうしたら、いつもの行き詰まりの場所にやってきたときも、そこからの抜け道が見えてきた。抜け道を見つける最善の方法、それは今、すぐ目の前にある幸せを見つめること。
June 15, 2005
コメント(16)
前向きにものを考えることの大切さは、いろいろな人が言われている。多くの人が人生を歩んだ経験から得た真実なのだと思う。「どうせ・・・。」とか「やっても同じだ。」とか、チャレンジすることをはなから否定する言葉を口にする人には、幸せは微笑んでくれないだろう。逆に、「出来るはずだ。」とか「変われるはずだ。」と信じ、全力を尽くした人は、その生き方そのものが、幸せということになるのだろう。しかし、私たちは、しばしばポジティブという言葉を、無意識のうちに、勘違いして使ってしまうことがある。「ポジティブに考えよう。」と言って、考えることを止めてしまう。それは、大きな間違いだ。そう、問題から目を逸らしたい心の弱さが導く安易さだ。ポジティブとは、自分が直面している問題と真正面から向き合って、そこから前向きな答えを見出せる力。そして、その力は、たとえどんな理由があろうとも、自分に起こっている結果は、全て自分自身が導いたものと考える心から、生まれてくるものだと思う。「あいつが・・・」とか「あれが・・・」と外に原因を向けることなく、「もっと、なにか出来たはずだ。」と自分に原因を求める姿勢。そこから、また心の成長が生まれる。そして、「できる!」という思いを生み出させてくれる。最近、とても大切な友人が教えてくれた♪「いま、ここからが、始まりだ!」それが、ポジティブ・シンキング。
June 12, 2005
コメント(12)
全104件 (104件中 1-50件目)


