”名も知れぬ人たちへ”【承32】

・・・こんな笑顔・・・

娘が踊る群舞,でも私も妻も娘が"主役"。
どんなに遠くてもすぐにわかる。
一年前は,娘の猫背が気になると言って怒っていたことが思い出される。
常に妻は娘の上達を願っていた。
綺麗に踊る姿を見て,目が潤むほど,うれしそうだった。

これからも"もっともっと見せてやりたい"と思う。
自分から"もっと生きたい,病気を治したい,そして娘の姿を見たい"という気持ちにさせられる踊りだった。
"娘よ,ありがとう,こんなお母さんのうれしい顔を見ることができて・・・"

第一幕が終わり第二幕へ。
その間,休憩がはいる。
周りが少し明るくなる。車椅子の妻を見た友達がよってくる。
「どうしたの?ほんと最近会わないと思ったら・・・」
「うん,ちょっと腎臓の方が悪くて・・・」とチューブのついた袋を見せて。
妻は,やはり笑顔で答えている。友達も懐かしく思えてくるのだろう,いろいろと話をしてくる。もちろん娘の踊りのことも。話し込んでいる妻は,いつもの妻で"癌"などとは思えないほどであった。

第二幕,やはり娘は群舞。
主役になるには,それなりの実績が必要であり,高校生で卒業間近であること。娘はまだ中学2年生であり,コンクールではまだ入選だけである。親ばかである私と妻は,いずれ主役をと思っている。
ここのバレエ教室は,結構有名で東北では上位入賞者が多数いる。その中でも引けのとらない踊りを見せている。
終わりに近づくと「おと吉,そろそろ行こうか・・・」と。
「おう,そうだな。遅くなると出られなくなるもんな」。車椅子をくるっと反転して会場を後にする。
・・・妻のこころは今?・・・
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