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「楽しさ」を意識し… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2008.05.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
人は言葉を紡ぐ時に自分の心や感覚の世界の中に深く入っていきます。その世界の中で人は自分の心の奥深くにある、感情や、感覚や、知識や体験の記憶などと出会うのです。つまり、言葉を紡ぐことは自分との深い対話を必要としているのです。

逆に言うとその対話が出来ない人は言葉を紡ぐことが出来ません。言葉を紡ぐことが出来ない人は思いつきの言葉や、受け売りの言葉をただ羅列するばかりです。そして紡いでいないので言葉がつながっていきません。ただの羅列なんです。
そして、“あなたはどう思いますか”という質問に答えることが出来ません。

また、言葉を感情にまかせてただ吐き出すだけの人もいます。
そういう人は長く話しますが、同じ所をグルグルと回っているだけで話しが先に進んでいきません。紡いでいないからです。“あなたはどう思いますか”という質問に答えることは出来ますが、そんな時もただ感情を吐き出すだけで自分の心やからだとの対話がありません。

そして、自分の心や感覚との対話が出来ない人は、他の人とも対話が出来ません。
相手に従うか、相手を支配しようとするばかりです。

そして、実は子どもたちはまだこの状態です。子どもたちはまだ言葉を紡ぐことが出来ないのです。それは、言葉を紡ぐための自我意識がしっかりとしていないからです。これは思春期にならないと目覚めない能力なんです。
その自我意識がサーチライトのように真っ暗闇の心と感覚の世界の中を照らし、そしてその世界の中から言葉を紡いでいくのです。


ですから、ほとんどの子どもの作文はただ出来事と感情が羅列してあるだけです。

遠足で江ノ島に行きました。
展望台があって登りました。
高くて遠くまで見えました。すごくきれいでした。
こんなところに住めたらいいなと思いました。

という感じですよね。
これは、出来事と感情の記憶を自分が体験した順に羅列しているだけです。
ただし、これが悪いという事を言っているのではありません。子どもの心とはそうなっているという事をお伝えしているだけです。
そして、大人の人でもこのような文章しか書くことが出来ない人がいっぱいいます。つまり、自分との対話が出来ない人です。

実を言うと私もそうでした。作文は苦手でした。何を書いたらいいのか分からなかったのです。
それで27年前、ヨーロッパやインドの旅から帰ってきて、雑誌に簡単な旅行記を載せてくれることになった時大変だったのです。頑張って一生懸命に書いた文章なのに編集者の人は“まるで子どもの文章ですね”とバッサリ。



通信を書いて皆さんに読んでもらっていたのですが、ある友人なんか赤ペンで添削して返してくれました。その友人が“大部読みやすくなったね”と言ってくれたのが4,5年くらい前です。

その間に何があったのかというと、実は文章を書くこととは全く関係のない“からだを通しての自分との対話”の時間なんです。そのからだとの対話を通して、自分自身の心や感覚との対話を学び、そこから言葉を紡ぐ感覚を身につけていくことが出来たのではないかと思うのです。


ということで、続くかも・・・・





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Last updated  2008.05.15 13:19:34
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