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「楽しさ」を意識し… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2023.02.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
日本人には人と違うことを嫌う性質があります。「同じ質」の中では上位を求めるのですが、「違う質」であることは避けるのです。

みんなが競争している時には、無条件に自分も競争に参加します。そして上位を目指します。でも、みんなが競争している時に、「私はお絵描きの方がいい」とか「僕は縄跳びがやりたい」という選択はしないのです。

そういう子がいると「なんで、みんなと一緒が出来ないんだ」と非難します。
でも、「なんでみんなと一緒でなければいけないんだ」という議論はしません。

校則を守らない子がいると先生は叱ります。「みんな守っているんだから、お前だけに例外を認めるわけにはいけない」などとも言います。でも、その校則の是非は議論しません。疑問を持っこと自体が許されません。

マスクも同じです。マスクをしていないと「みんながマスクしているのになんでお前だけマスクをしないんだ」と非難されます。でも、マスクの是非は議論しません。日本では「みんながやっていること」が「正しいこと」なので、それにに異を唱えてはいけないのです。
自分だけ違うことをやってはいけないのです。

そして、「みんなと一緒」が出来る子が「いい子」として扱われ、「自分らしさ」を主張する子は「困った子」として扱われます。

学校では、子ども一人一人の興味や特性などを全く無視して、みんなに同じ知識を、同じ方法で覚えさせ、同じ結果を求めています。


会社や役所も、従業員の適性に合わせて所属を決めたりはしません。どの部署に配属されても、ちゃんと仕事が出来るように求めています。
日本で大事にされているのは「みんなと一緒」だけで、効率や独自性や生産性などは後回しなんです。

長い間私の講座の担当をしてくれていたある公民館の職員の人が、ある時窓口にいなくて、「○○さんはどうしました?」と聞いたら、「4月から、市役所の水道課に配属になりました」と言われました。そんな、一人一人の能力や、特性や、その人が学んで来たことを無視したバカバカしい人事が日本では普通なんです。

幼い時からそういう価値観の基で、子育てや教育を受けてきた人は、「自分らしさ」を否定し、「普通が一番いい」と思い込むようになります。

「紙が欲しい」と言ってきた子に「どんな紙が欲しいの」と聞くと「普通の紙」と言います。
「木」でも同じです。そこで「普通の紙や普通の木なんてないよ。それで何をしたいの」と聞き返すのですが、答えられません。「普通」を言ってくる子ほど自分が何をしたいのか説明出来ないのです。
「どういう大人になりたい?」と聞いても「普通の大人」と答えます。

そういう「普通」が大好きな人は、子育てでも、「違っていることは恥ずかしいことなんだ」、「違っているのは短所なんだ」、「違っているところはみんなに合わせて直さなくてはいけない」と、子どもを「普通という名の型」にはめ込もうとします。

でも、実際には「普通の子」なんて一人もいません。「普通のお母さん」も一人もいません。みんな一人一人違っているのです。そして、それが自然界の「当たり前」でもあるのです。

自然界では、一人一人違っているからこそうまく行くように出来ているのです。「みんな同じ」「みんな一緒」は、人間の観念の中にしか存在していない空想の産物なんです。

でもみんな、その「実際には存在していない空想の産物」に子どもや自分を合わせようとしています。そして「自分の子」と「他の子」を比較しています。「自分」と「他のお母さん」を比較しています。他の子や他のお母さんと同じであることが「普通」の証明になるからです。


それでも大人は、自己肯定感を犠牲にすることで自分らしさを否定し、みんなに合わせることが出来ますが、子どもにはそんなこと出来ません。

だから、子育てがうまく行きません。自分の人生もうまく行きません。そして、さらに自己肯定感が下がり、生きている幸せも消えて、ますます苦しくなります。

そうやってどうしようも出来なくなって私の所に相談に来ます。
で、話を聞くと子どもの「困ったところ」が次々を出てきます。「うちの子に長所なんてありません」と言い切ったお母さんもいました。

でも、お母さんが訴えてくる「子どもの短所」や「困ったところ」が、私には「短所」でも「困ったところ」にも思えないのです。


確かに「お母さんにとっては短所」、「お母さんにとっては困ったところ」なんでしょうが、子どもに取ってはそれは「自分の人生を支えてくれる自分らしさ」の一部であって、短所でも困ったところでもないのです。

それどころか、お母さんが訴えるその「短所」や「困ったこと」が、子どもの個性や才能の表れであることが多いのです。「子どもの長所」が他の子とは違うというだけで、「普通」を求めるお母さんには「短所」に見えてしまうのです。

そういうお母さんは、短所を直すつもりで長所を潰してしまっているのです。

<続きます>





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Last updated  2023.02.01 09:14:20
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