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疫病譚3
森川雅美
あたりは暗くなり夜なのだろう 人家と街灯が夜の中に灯り私には行かなければならないところがあり普段なら多くの人が往来しているはずだが 例の疫病騒ぎで人はまばらにもかかわらず確かに私は長く会っていない両親に会わなければならずむかし何度も訪れた懐かしい店に急ぎ足で向かいその店の灯は近づくとひときわ明るく店に入ると両親は一番奥の席に座り両親の間には小憎らしい表情のたぶん幼き私であろう男の子がいて両親に甘え両親はそれぞれ刺身と焼き魚定食を子供は子供用の奇妙にどぎつい色彩のお子様定食を食べ私は両親に他人行儀のあいさつをすると両親も他人行儀のあいさつを返し私は料理を注文しよとするのだが私の嫌いな食材が含まれていたり昨日食べた料理だったり注文したい品はなくさて困っていると両親に甘える男の子の様子と私はほとんど眼中にない両親の態度がだんだん不快になるのとともにどうしても行かなければない用事を思い出し両親に用事がある件とまた戻ることを告げ店を出て私は歩いているあたりはほんとうに暗くなり夜なのだろうが人家もビルも街灯すらもほとんど消えてあの疫病の騒ぎのせいだろうとはいえ月明りしか辺りを照らすものはなくあまりにも暗く周りの様子を伺うことができないがむせ返るような体臭と苦しいくらいに押される感触があり確かに行かなければならない場所があるのだがどうしても思い出せずそれでも行く場所は駅だと思うがどこの駅だったのかわからず目が慣れてくると例の疫病騒ぎにもかかわらず周りはたぶん駅に向かう多くの人たちで犇めきあい駅の方角の空は汚れた血の色か激しい火炎に焼かれているかのような禍々しい赤に染まり車道には高速度の自動車がひっきりなしに行き来し人たちは狭い歩道を押し合いへし合いしながら塊となり一方向に進み私もいつの間にか人たちの列に呑み込まれこんなに人に揉まれたなら感染してしまうじゃないかなどと不快を感じながらさらに人は増えていき確かに疫病に加えて戦乱か天災が起こっているのだと確証として思い逃げなければならないが行く先も決して安全ではないとも理解しさらに人は人を押しつぶすように増えていき少しずつ意識は薄れていきまったき暗黒が訪れ私は歩いているあたりは暗くなり夜なのだろう例の疫病騒ぎのせいかあるいは戦争か天災で多くの人が死んでしまったのかすれ違う人はほとんどなく人家の灯もなく街灯が虚しくぼんやりと灯っているだけでしかし私は両親に戻ると伝えた以上 むかし何度も訪れた懐かしい店に戻らなけれならずどこを歩いたのかは思い出せないがひどく長く歩いたようで両の足がひどく疲れ重く踵は鈍く痛みさて休むべきか進むべきかと迷っているうちに見慣れた街角が見えてきて むかし何度も訪れた懐かしい店はもうすぐだと思い街角を曲がるがむかし何度も訪れた懐かしい店は見当たらず街頭すら消え闇はより深くなりあたりは生臭さと肌に不快にまとわりつく湿り気に満ち歩いているのか地に全身を擦りつけ這っているのかもわからずそれでも前に進みつづけ光はない全きう闇となりどこからか響くちりちりとした不愉快な音以外聞こえずすでに人間ではなくとかげか何か爬虫類になっているのかもしれなくそれでも手の舌の触手の先に何か懐かしい感触があり全身で感じたいのがそれ以上進むことができずあのうぃるすになり人の細胞の中を侵食しているのではという思いが突然浮かぶと無性に悲しくなり悲しげに微笑む明らかに私の大きな顔が見ていて口から許してください許してくださいという言葉が何度も溢れ出し私は歩いている闇は深い森川雅美 新詩集『日録』 先行予約のお願… 2019.12.19
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