虹色のパレット

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13.夢から現実へ

13.夢から現実へ

 それからしばらくたった、初夏の暑い土曜日の午後。K先生と私は、銀座行きのバスに乗っていた。日比谷公園の辺りまで来ると、地下鉄工事かなんかで、道路には厚い鉄板が敷き詰められていて、バスは、ガタガタ煩い音を立ててノロノロ進んでいた。むっとするような熱さが、開け放されたバスの窓から容赦なく入ってくる。
 バスのまドアから見える景色は、夏の始まりの太陽でなんだか白っぽく、ひどい騒音が、ますます暑さを募らせていた。鉄板のはねる音、アクセルをふかす音、引っ切り無しに鳴り続けるイライラした警笛の音。
 バスの中は、太陽と、騒音と、ノロノロのスピードが作り出す熱を溜め込んで、凄い暑さだった。人々は影になったように黙って座っていた。バスの中の熱気にあらゆる音が食い尽くされてしまったような不思議な静けさに、ふっと、私は非現実の隙間に落ちていくような感じがした。
 すると、突然、熱に浮かされたような、ちょっと気違いじみた声が響いた。
「ニューヨークに行こう。」
次の瞬間、
「そう、私は、ニューヨークに行くんだ。」
と言う答えが、頭の中を鉄板がはじける鋭い音と共に駆け抜けて行った。正気の私まで、
「もう、決まった。」
と思っていた。
 やっと銀座に着いてからも、私は、何だかポーッとしていた。
 それからしばらくも、得体の知れない、ポーッとした日々が過ぎていった。時折、騒音と静けさを伴って、
「ニューヨークにいこう。」
「そう、私は、ニューヨークに行くんだ。」
と言う声が頭の中でガンガン響いた。電光掲示板のようにチカチカ現れては消え、消えては現れた。非現実的で、ばかばかしいと思いながら、どうしてか、やはり、
「それは、確かなことだ。もう決まりだ。」
と思っている自分にぶつかるのだった。

 夏の暑さは、私を益々現実と非現実の世界の境に追いやって、わたしは、混乱したぼんやりした夏を過ごしていた。現実的であろうとする私を、非現実の世界に誘い、ああ、ここは非現実の世界だと私が思うと、現実の世界に誘う。こんな悪戯をするのは、一体何者なのか・・・。
 それは、答えのない国からの使者だった。
 彼、または彼女は、それまで、必ず答えのある世界で、答えを追い、答え道理に生きてきた私を、とことん混乱に追いやった。
 でも、好奇心につられて、迷いながらも、混乱しながらも、謎と混乱に満ちた世界に足を踏み入れたようだった。

 秋になり、色づいた葉も落ち始め、秋も深まる頃には、それまで、単純な数式によって、すっかり答えを出していた人生が、実は、誰にとっても未知でむしろ謎に包まれているのが当たり前じゃないかと思うようになっていた。
 「実際、人生は冒険以外の何ものでもないんだ!」
と言う声が幅を利かせ始めてきた。すると、ニューヨークに行こうという思いだって、夢である筈がない。(01・02・09更新)








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