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2006.07.01
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溺れる人魚

~原書房、2006年~

 御手洗潔さんシリーズの短編集です。やっぱり島田さんの物語は面白いなぁ、と思いました。最近は脳科学の分野の比重が大きいですが、それはそれで勉強になるし、それをからめる設定もいいなぁと思います。
 四つの短編が収録されています。簡単に紹介と感想を。

「溺れる人魚」
 ジャーナリストのハインリッヒ・フォン・レーンドルフ・シュタインオルトは、リスボンを訪れた。彼は、友人から紹介された血流統御内科の教授ナンシー・フーヴァーから、興味深い話を聞く。1972年のオリンピックで、水泳で驚異的な活躍をみせ、ポルトガルに四枚の金メダルをもたらした伝説のスウィマー、アディーノ・シルバについてである。
 貧しい生活から一気に有名になったアディーノはその美貌もあり、映画などにも出演、その中で麻薬にもふれることになる。その頃から、性に対して激しい欲求を示すようになり、傷害事件を起こし、夫を傷つけることもあった。しかし、彼女へのポルトガルの医師の対応により、彼女は廃人同様になっていく。
 そして、2001年6月、聖アントニオ祭の夜、彼女は遺書をのこし、拳銃で自殺した。不可解なのは、それと「同時に」、彼女の担当をしていた医師が、アディーノの家から2キロは離れた自宅で、殺されていたのである。弾は、彼女のアパートにあった拳銃のものと一致していた。
   *

 自分たちに理解できない言動をする人間を、特別視する。どうしても陥りがちなことですが、それがどれだけある人たちを傷つけてしまうか。たしかにこのお話の場合、アディーノは何人も傷つけてしまっています。しかし、その真の原因をきちんと理解せずにいてよいのか、ということですね。知識がないので深入りしませんが、裁判の際の精神鑑定などとも通じていく問題かと思います。ある意味では、「魔女裁判」は今でもある、ということですね。
 本作の中では、御手洗さんは名前がふれられるだけで、活躍はありません。ハインリッヒの一人称ですが、アディーノの生涯や、その夫についてふれるとき、人のセリフを字の文で書いていますし、それを考えているハインリッヒ自身のいまの行動もときどきまざりますから、多少読みずらい感はありました。その点、多少(?)うじうじ感はありますが、石岡さんの文章の方がよいかな、と思ったり。

「人魚兵器」
 2000年、御手洗潔がまだストックホルム大学にいた頃。彼の研究室で、彼と彼を訪れた人物が日本からヨーロッパに持ち帰られたという「人魚のミイラ」について話をした。その直後、そのミイラの実物を見た青年が、御手洗のもとを訪れる。自分は、頭から尻尾まで、骨がつながっている人魚のようなものの写真を見たことがあるという。その写真は、ベルリンのテンペルホフ空港の地下施設で撮られたものだという。
 二次大戦下、ナチスのもとで進められた実験がその背景にあった。御手洗は、現場を訪れ、偶然知りえた当時の関係者に連絡をとる。
   *
 こちらも重い話でした。感想は書きづらいですが、最近の島田さんの作品を連想しました。

「耳の光る児」
 中央アジアの広範囲の中で、紫外線で耳が光るという子どもがいることが分かった。知られている子どもの数は四人、その地域はばらばらで、子どもたちの母親たちに面識はなかった。ロシア政府の要請で、各地から研究者が集まり、その謎の解明にとりかかる。御手洗も、そのプロジェクトに参加したのだった。しかし、急にロシア政府から研究の中止が要請される。

 ロシアや東欧、モンゴルとの関係について、分かりやすく整理されています。世界史を勉強しているときにこの話を読むと、流れが分かりやすいのかな、と思いました。
 中世のキリスト教徒が東方にいると信じていた「プレスター・ジョン」についての話が長く紹介されていて、個人的には嬉しかったです。というのも、自分の研究対象である中世のある聖職者も、プレスター・ジョンについて言及しており、その関係でプレスター・ジョンについて少し勉強したからです。細かいところまでは覚えていませんでしたが、典拠までちゃんと挙げられていて、面白かったです。それに論文で読むより、やっぱり物語の方が面白いのは否めません(この記述は本当かな、と思いながら読む姿勢はもつようにしていますが)。


「海と毒薬」
 ボーナス・トラックですね。石岡さんから御手洗さんへの手紙です。内容は、石岡さんにある女性から届いた手紙の紹介です。だから、ほとんどは女性からの手紙となっています。
 石岡さんが、過去の事件に関係するカフェをまわるのですが、それは女性からの手紙がきっかけでした。女性は、石岡さんの作品を読んで、生きるか死ぬか、犯罪者になるかどうかという頃に、それらのカフェをまわったというのでした。
 冒頭で、石岡さんから御手洗さんへの手紙だと分かった途端、ああ、この話でも泣くかな、と思ったのですが、案外そんなでもなかったです。についてふれられているところでは、涙ぐみそうになりましたが。やはりあの事件について言及がある後日譚として感動するのは、『御手洗潔のメロディ』所収の「さらば、遠い輝き」です。


   ***

 全体をとおして。タイトルもカバーも素敵で、そしてどの作品にも満足でした。ただ、誤植かな、と思うところがあったのが少し残念です。単に読み違いかもしれませんが。それにしても、これはおすすめです(あまり言わないようにしていますが、言ってしまいます)。…ある程度御手洗シリーズを読んでいないと、本書だけ読んでもどうかな、という気もしますが(特に「海と毒薬」は)。





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Last updated  2006.07.01 22:48:19
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Re:島田荘司『溺れる人魚』(07/01)  
torezu  さん
TBありがとうございます。
こちらからもTBさせていただきました。
読んだことで色々な専門知識が増えたような気がします。どれも面白かったのですが、最後のお話はとても素敵なお話でした。人魚姫のお話はアンハッピーエンドですが、確かに素敵なお話ですね。ちょっと人魚姫が可哀相過ぎる気もしますが…
私は島田さんの小説は、異邦の騎士から読み始めたもので最後のお話は、感慨深いものがありました。 (2007.03.22 19:59:25)

こんばんは  
のぽねこ  さん
torezuさん、コメント&TBありがとうございます。
「海と毒薬」では、石岡さんがあの事件に関するところを歩くシーンが素敵でした。『異邦の騎士』は、シリーズの中でもとても特別な物語だと思うのですが、ときどき思い出すだけでも切なくなるような気分になるのですが、「海と毒薬」などのように物語の中でふれられると、より感慨深い気持ちになりますね。 (2007.03.22 21:33:57)

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