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2007.05.25
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涙流れるままに(上)涙流れるままに(下)
島田荘司『涙流れるままに(上・下)』
~KAPPA NOVELS、1999年~

 吉敷竹史シリーズ(あるいは、そのサイドストーリー)の長編です。著者の言葉にあるように、加納通子さんの波乱の半生と、彼女の身近に起こった冤罪事件が、本書の大きなテーマになっています。
 なんとも、いつものような内容紹介が書きにくいのですが…。
 本作が出版される以前のいくつかの物語が前提となっている物語ですので、今回の記事でも、簡単にはそれらにふれることになります。また、本書についても、若干ネタバレになるようなことにも言及しています(内容紹介でも感想でも)。不都合のある方はご注意ください。



『北の夕鶴2/3の殺人』『羽衣伝説の記憶』『飛鳥のガラスの靴』といった吉敷シリーズで語られてきた加納通子さんの半生が、補われながら、語られていきます。性に対する独特の感性に、それに伴って表れる首なし男の像、麻衣子さんと母親の死亡、それに先立つ、藤倉良雄の死。良雄の死から、藤倉兄弟に怯え続け、そして、東京での偶然の再会。吉敷との離婚、『北の夕鶴2/3の殺人』……。
 これらを回想しつつ、彼女は、さらに自分の過去を知りたいと考えます。そして、クリニックに通い、父親との恐ろしい経験も思い出します。また、麻衣子さんのことを調べるうちに、彼女は、岡山県での都井睦雄事件のことを知ることになります。そして、『龍臥亭事件』に巻き込まれることになるのですが、それは別の話。
 『龍臥亭事件』の後、通子さんは、吉敷さんに手紙を書きます。そこに彼女は、冤罪の疑いがあり、吉敷さんも再調査している「恩田事件」にも関連する記憶について書きます。


 恩田さんに対する峰脇の態度、ずさんな調査など、とにかく不快でした。脳みそをどこかに忘れてしまった猪突猛進型の人間も、たしかに警察には必要だという表現があって、それはそうなのかもしれないとも思うのですが、「秩序」のために罪のない人間を犯罪者に仕立て上げることは、まったく魔女狩りと一緒ですね。守るべき「秩序」の裏には、警察の面子があり、むしろ彼ら(作中の峰脇みたいな人間)が守りたいのは面子の方なのです。繰り返しますが、とにかく不快でした。
 通子さんの方については、上に挙げたいくつかの作品で断片的に知っていたこともあり(特に、『羽衣伝説の記憶』で詳しく語られていたこともあるので)、さほどの驚きを感じることはありませんでしたが、彼女の視点で丹念に描かれていることで、感慨は深かったです。
 『龍臥亭事件』に登場する通子さんの娘、ゆき子ちゃんもとても良い子で、ラストのあたりで涙なしには読めませんでした。
 本書は、通子さんの半生をつづった、彼女の物語でもあります。しかし他方で、一つの冤罪事件の解明のために、ある意味では人生をかけて闘った吉敷さんの物語でもあると思います。その裏には、40年間冤罪のために苦しんだ恩田さんやそのご家族の物語も当然あるわけですが…。とまれ、通子さんの物語と、吉敷さんの物語が、このような形で再びつながっていくことに深く感動しました(目次などから、ある程度想像がつくこととはいえ……)。
 峰脇は、たしかに功績もあるのでしょうが、保身の塊のゴミにしか見えなかったので、彼が恩田事件の再審決定以前に無事に定年退職したのは残念でした。ただ、私自身にも保身に走る傾向はあるでしょうし、島田さんがいろいろな著作で指摘しているような日本人(あるいは日本語人)であるので、そのこともどこか残念になります。
 吉敷シリーズを読む中で、吉敷さんが多少不器用なところがあると感じていましたが、なにより、自分に信念がある方です。そして、信念を通して、ひたむきにがんばっていれば、もしかしたらその報いはあるのかもしれない。希望も持たせてくれる物語でした。
 とにかく、良い読書体験でした。

 これで、いよいよ、『龍臥亭幻想』を読むことができます。こちらも上下巻ですので、読むのは先になりそうですが。
 昨年は、秋くらいから毎月の勢いで島田さんの作品が出版されていましたが、また新しい御手洗シリーズあるいは吉敷シリーズが出るのが楽しみです。





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Last updated  2007.12.13 18:21:42
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おはようございます。  
torezu  さん
TBありがとうございました。遅ればせながらこちらからもTBさせていただきました。
こちらの作品は、通子の半生が綴られていましたが、最初臥竜亭事件から読み始めたので、やっと通子の業というものがわかった気がします。
ラスト良かったですよね。吉敷さんが涙を流したのもわかる気がします。ラストが良いと本当に救われる気がします。私にとっても良い読書体験でした。w (2007.05.27 11:29:30)

こんばんは  
のぽねこ  さん
torezuさん、コメント&TBありがとうございます。
どんな事件でもめったに涙しない吉敷さんですが、あのラストでの涙はきれいでしたね。彼を認めてくれる上司が現れ、通子さんに伝えるべき言葉が劇的に変わってしまうのも、とても素敵でした。本当に、良い小説でしたね。 (2007.05.27 20:43:42)

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