のぽねこミステリ館

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2007.10.26
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~東京創元社、2002年~

 覆面作家・坂木司さんの第一作品です。5編の短編からなる連作短編集ですね。いわゆる「日常の謎」を扱ったミステリです。
 それでは、内容紹介と感想を。

「夏の終わりの三重奏」 僕―坂木司は、ひきこもりの友人・鳥井真一のもとを日々訪れ、彼の手料理を食したり、ひきこもりの彼を少しでも外出させようとしていた。
 いつものように、人気の少ない月曜日の午前中にスーパーに買い物に出かけた二人は、高くつみあげられたカンヅメ缶を倒してしまい、あやうく大きな缶がぶつかりそうになった女性を助けた。ところが、女性はろくに礼もせず、店員をどなりつけて帰って行った。美人なのに、もったいないと思えるほど厚化粧の彼女を、僕は気に掛けた。
 後日、二人は彼女と再会した。二人の住まいをそれとなく聴きだそうとする彼女と、しかし穏やかに話した後、鳥井は言う。「彼女は絶対もう一度俺たちと接触をとろうとするだろう」と。
 奇しくも、警察官になった友人の滝本孝二から、一人暮らしの男性を狙った無差別ストーカーの話を聞いた後、僕は彼女―須田香織と出会うことになる。

「秋の足音」 須田さんの事件の中で、困っている人になにか手伝ってあげたいと考えるようになった僕は、視覚障害者の美青年と出会い、彼が混雑した駅の階段を降りるのに付き添った。後日、彼を見かけた僕は、同じく彼を追っている女性を見た。善意の第三者だろうと考えた僕だが、さらに後に青年―塚田基と出会ったとき、双子にあとをつけられているという話を聞くことになる。ある日は男性が、ある日は女性が―そして、二人の足音はそっくりだという―、塚田を追っているというのだった。


「冬の贈り物」 塚田くんの友人で、歌舞伎役者の石川助六も出演する歌舞伎座に招待された僕と鳥井は、助六からちょっと気がかりだということを聞く。彼女のもとに、匿名のファンから亀の剥製が届けられたという。その後も、彼女への謎のプレゼントは続く。プレゼントが贈られて間もなく、謝罪の手紙が届くのだが、どうも不審な点があった。
 鳥井は、贈り主の正体を推理し、日曜日の公演の後、真相解明をする約束をする。僕の顧客で、いまは引退している元職人の木村栄三郎さんも、その場に居合わせるべき重要な人物だという。

「春の子供」 駅で、じっと人を待ち続けている子供を見つけた僕は、子供の待ち人が長時間こないことを案じ、困ったら自分に連絡するようにと、子供に名刺を渡す。後日、その子から連絡があった。僕は、非番の滝本や、その後輩の小宮に子供―まりお―の世話を頼むのだが、その頃、ついに鳥井が情緒不安定になってしまう。鳥井にとって唯一信頼できる人間でありつつ、誰より鳥井に依存している僕も不安定になり、鳥井のもとに駆けつける。
 鳥井にとって、決して幸福とはいえなかった子供時代。彼がもっとも苦しいときに、彼のそばにいることから逃げた父親、鳥井誠一から電話があったようだった。
 一方、僕は、まりおが描く、黒服に真っ赤な顔の人間や、その人間がまるで棺桶に入っているような絵を見て、まりおの心配もしていた。障害のある子を、両親が捨てたのではないか―僕は、そう案じていた。

「初夏のひよこ」 後日譚。珍しく、僕と鳥井は、新しくオープンした家庭料理屋で外食していた。ある事件で知り合った方が営業している店で、僕は、いままでに知り合った人々に、その店を紹介していた。その店で出会った木村さんと須田さんは、さっそく良い人間関係が築けたようで。豪快な警察官の滝本と、冷静な後輩の小宮も、その店を楽しんだようで。そして鳥井は、珍しくおみやげを持参し、店を出るときには、店の二人におじぎをし。鳥井が人におじぎをする姿をほとんど見たことがない僕は、あたたかい気持ちに包まれる。

ーーー

 何度目かの再読です(3度目でしたか…)。
 性犯罪、障害者をめぐる問題、家庭の不和など、いくつかの社会問題を描きつつ、温かい物語が紡がれています。
 口が悪い鳥井さんですが、実は一人一人に対等に向き合おうとしている。作中の坂木さんは御手洗潔さんが好きとのことですが、どこか、鳥井さんの性格も御手洗さんに通じるものがあります。御手洗さんは誰に対しても丁寧な口調で(高慢な人間をバカにするときも、実は丁寧語です)、鳥井さんが口が悪いという違いはありますけれど。
 本書末尾に掲載された対談の中で、インタビュアの方が、鳥井さんと坂木さんの関係は疑える、ようなことを言っています。本書をはじめて読んだときはあまり気にせず、むしろ坂木さんに感情移入して涙ぐみながら読んでいたのですが、今回はどうも気になってしまいました。まぁ、変な関係と疑うよりも、二人ともどうしようもなく不安定なところがあるのだなと感じながら、そして作中坂木さんと同じく私も涙もろいので、似たところも感じながら読みました。

 ひきこもりの探偵、人がよい保険会社のワトスン、ある条件をもつ女性、視覚障害を持つ学生、歌舞伎役者、元職人、魚屋さん、などなど、様々な境遇・年齢・職業の人々が登場することも、本書の特徴であり、魅力ですね。

 ところで、言い得て妙だなと思った一節があるので、紹介します(文字色は反転させておきます)。

僕らは、不思議な世界に生きている。生活のハード面はこれ以上ないってほど快適で、ソフト面では何かがぽっかりと欠落している、そんな世界だ 」。

 自殺率も高くなっているようですが(うつも増えているようですが)、物理的な面での生活はどんどん快適になっているのに、なんとも息苦しいような。食品偽装問題がニュースを賑わわせていますけれど(行政の問題も…)、根本的な部分が抜け落ちていっているような気がします。といって、根本的な部分が抜け落ちていないと勝手に想像しているような時代をリアルタイムで生きているわけではないですし、本書で指摘されているようなちょっとした―だけど考えてみれば当たり前の心遣いを私が完全にできるわけでもなく、はなはだ説得力にかける意見になってしまいますけれど…。



生きていく上での幸福は、誰かとわかちあう記憶の豊かさにあると僕は思う





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Last updated  2007.10.26 18:19:26
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