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2007.12.09
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(Michel Pastoureau et Dominique Simonnet, Le petit livre des couleurs , Paris, Editions du Panama, 2005)
~柊風舎、2007年~

 このブログでも何度も紹介している、フランスの歴史家ミシェル・パストゥロー氏の、最新の邦訳書です(2007年12月発売)。ミシェル・パストゥローについての、私なりの経歴・著作の整理は こちら
 本書は、色彩について多くの研究を発表しているパストゥロー氏と、雑誌『エクスプレス』( L'Express )編集長のドミニク・シモネとの対談集です。
 原著のタイトルを忠実に訳せば、『色に関する小著』とでもなるのでしょうが、実際、とてもコンパクトな一冊です。邦訳で、訳者あとがきを含めて142頁。届いてから、一気に読了しました。なお、原著は107ページのようですね。ちなみに、フランスでは今年ポッシュ版(日本でいう文庫版ですね)も出版されていて、こちらは121ページのようです[原著いずれも未見]。



ーーー
はじめに
第一章 青―波風を立てない色
第二章 赤―火と血、愛と地獄の色
第三章 白―どこでも純粋さと無垢を伝える色
第四章 緑―手の内を隠す色
第五章 黄―あらゆる不名誉のしるし
第六章 黒―喪のしるしから洗練へ
第七章 中間色―雨の灰色、キャンディピンク

訳者あとがき
ーーー


 それはとまれ、パストゥロー氏は、以前より、各々の色ごとにモノグラフをまとめる構想を語っておられます(邦訳 『ヨーロッパの色彩』 、邦訳 『青の歴史』 参照)。その成果の一つが、邦訳もされている『青の歴史』なのですが、その後のモノグラフは発表されていません。訳者あとがきで述べられるように、「本書は[……]『青の歴史』の続編を首を長くして待っている読者にとっては嬉しい」著作となっています。
 少し脱線ですが、その後のモノグラフ(たとえば、最初に書く予定だった『赤の歴史』など)も、刊行されればいずれ邦訳されることになるのでしょうか。ちなみに、2007年にパストゥロー氏は熊の歴史についての著作を上梓しておられますが、これも邦訳されることを期待しています。自分の能力と経済的な面から、原著を買うのはためらっているのですが…邦訳出ると良いなぁ…。

 さて、本書の紹介に戻りましょう。

 本書では、アリストテレスの分類と同じ、6色―青、赤、白、緑、黄、黒の基本色と、中間色(ピンク、栗色、オレンジ色、紫色、灰色の5色)が中心に語られます。


 いくつか、印象的な指摘を紹介します。

 まず、男女の服の色について。12世紀、それまで「控えめな色」であった青が、聖母マリアの色となり、フランス国王も青色を用いるようになります。一方、赤は、帝政ローマ期には皇帝と将軍たちの色、中世になると、教皇や枢機卿が身につける色(キリストのために血を流すのもいとわない、という意味)となります。同時に、赤は戦争の色であり、さらにはネガティブな意味として、(悪い)血の色、不浄の色でした。
 こうして、もともと聖母マリア=女性の色であった青が男性の色となり、権力・戦争といった「男性的な」色が、女性の色になるという、「奇妙な逆転現象」が見られる、というのですね。このあたり、いずれ書かれるであろう『赤の歴史』の中でつっこんで書いていてほしいですね。

 白については、直接肌にふれるもの(下着やタオル、シーツなど)は、基本的に白であった、という指摘がなされています。下着やタオルなどに色がつきはじめるのは、最近のことだというのですね。
 もう一つ興味深かったのは、「中世には裸を見せるより下着姿を見せる方がわいせつだと思われていた」という指摘。どんな史料に書かれているのでしょうか…。一口に「中世」といっても広いですしね…。

 緑についての章で語られているのですが、パストゥロー氏は、原色―補色の理論にかなり立腹されています。この理論は、「社会な現実」、「何世紀も前から色に結びついてきた価値観や象徴体系」をすべて否定していて、色が文化的な現象であることを認めようとしない、というのですね。関連して、「赤いドレスは、誰もそれを見ていないときでもまだ赤いのか」というゲーテの考えに共感し、人間あるいは動物の視線がないところに色はない、と言っています。…後者は興味深いと思うのですが、前者の指摘は、はて、と思いますね。私は歴史的な観点から色彩を論じた本は何冊か読んでいるだけで、色彩学についてはまったく詳しくないのですが、そんな風に現代の色彩学の理論を批判するのは、あまり建設的ではないような気がしてしまいます。むしろ、一つの理論として認めながら、色の文化的・歴史的な側面を強調するような論調の方が好ましく思うのですが…。

 黄色も、その特殊な性格が興味深かったです。すべての色には、(良い面、悪い面といった)二面性が認められます。ところが、黄色については、中世以来、その肯定的な性格は全て金色にもっていかれ、ネガティヴな意味しかもたないというのですね。そのせいか、西洋での評価も、パストゥロー氏の挙げる6色の中で最下位だとか。

 黒については、白黒の性格が指摘されています。白黒は、プロテスタントの価値体系で認められており(逆にプロテスタントは、明るい色に対して否定的です)、そのため、プロテスタントであったヘンリー・フォードは自社のフォードT型については黒以外の販売を拒絶したとか。あるいは、白黒映画からカラー映画に移るには、技術的な問題だけでなく道徳的な問題もあったこと(カラーはあんまりにも大胆と考えられたとか)、現在では、白黒映画がカラー映画よりも高価になったために再評価がなされていること、などなど、興味深い指摘が多いです。


 面白い部分もいくつもありました。

 たとえば、色が擬人化されているような表現(各章の副題にもうかがえますね)。黄色について、シモネは次のように質問します。「黄色というのは一番嫌われている色、あまり見せたくないような色、ときには恥になりかねない色ですね。このような評判に値するほどひどいことを黄色はしたのでしょうか」。

 邦訳『ヨーロッパの色彩』でも感じましたが、パストゥロー氏が色に対してかなり主観的な意見も述べていること。ちなみにパストゥロー氏は日曜画家で(父親がシュールレアリストのアンリ・パストゥローで、大叔父さんのうち3人がプロの画家だったことも影響しているとか)、緑を好んで使うといいます。

 楽しいのは、氏の個人的な思い出なども語られていることです。ファミリータイプの赤い車を買ったのですが、あんまりにも需要のない車だったので、ずいぶん安く買えたといいます。ところが、その車は長生きしませんでした。ある駐車場の鉄柵がボンネットの上に落ちてきて、完全に壊れてしまったのだとか。氏はこのことについて、次のように言います。
「[赤の]象徴が正しかったのだ、この車は危険だったのだと私は思いましたよ」。…ボンネットのことは大変ですが、ミシェル・パストゥロー氏は、しばしばその著書にお茶目な一面を書いておられるように思います。


 先に、邦訳も出ている『ヨーロッパの色彩』についてふれましたが、本書との違いをいくつか指摘しましょう。『ヨーロッパの色彩』は、車、シーツなど、色に限らない項目も多々挙げつつ、それらの項目と色との関わりを指摘します。一方、色の性格については、象徴的な面をいくつか列挙するような形になっています。原題は『現代色彩事典』ですので、こうした性格は当然といえば当然ですが…。
 一方、『色をめぐる対話』では、各色ごとに章が設けられていることもあり、それぞれの色について、簡単に通史的な整理が行われていることが嬉しいですね。パストゥロー氏は、その研究の中で語彙の重要性をしばしば指摘していますが、本書でも、色のラテン語名やゲルマン名(それらの現代での形)などを指摘しており、興味深いです。
 上で、訳者あとがきの一節を紹介しましたが、今後のモノグラフがますます楽しみになる1冊です。
(12月7日読了)


*追記
 パストゥロー氏の対談相手のドミニク・シモネですが、J・ル=ゴフ/A・コルバンほか『世界で一番美しい愛の歴史』(藤原書店、2004年)の編者の一人です。『世界で一番美しい愛の歴史』の方では、ドミニック・シモネと表記されています。





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Last updated  2008.07.12 18:04:40
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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