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2015.12.05
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Jean-Claude Schmitt (trans. by Martin Thom), The Holy Greyhound. Guinefort, healer of children since the thirteenth century
Le saint levrier: Guinefort, guerisseur d’enfants depuis le XIIIe siecle , Flammarion, Paris, 1979)


 アナール学派第四世代の代表的歴史家であるジャン=クロード・シュミットの初期の著作『聖なるグレーハウンド―ギヌフォール、13世紀以来の子供たちの治癒者―』(の英訳版)を紹介します。
 ジャン=クロード・シュミットの著作については、既にこのブログでもいろいろ紹介しています。最近では、 ジャン=クロード・シュミット(小池寿子訳)『中世の聖なるイメージと身体―キリスト教における信仰と実践―』 の記事に、本ブログで過去に紹介した著作を載せていますので、あわせて参考にしていただければ幸いです。
 さて、本書は、歴史学、民俗学、考古学など、隣接諸科学の成果をふまえつつ、以下に紹介する「例話」に描かれた、聖ギヌフォールという「犬」の伝説と、子供を治療するための儀礼との一体性と、その現代までの変容(あるいは一貫性)を明らかにする、非常に知的興奮に満ちた一冊です。
 本書の構成は次のとおりです。

―――
図表、絵画、地図、調査一覧
謝辞

序論


 第一章 エティエンヌ・ド・ブルボン
 第二章 「迷信」について
 第三章 説教活動、告解、審問
第二部 伝説と儀礼
 第四章 伝説
 第五章 儀礼
 第六章 物語の一体性
第三部 聖ギヌフォール
 第七章 他の信仰の場
 第八章 ドンブDombesにおける人類学的調査
 第九章 犬と聖人


結論

付録:聖ギヌフォールの木に関する地形学的調査(付:Jean-Michel Poissonの注解)

参考文献目録
索引


 本書の出発点は、13世紀にドミニコ会士エティエンヌ・ド・ブルボンが残した一つの「例話」(一般には説教の際に、説教の内容をわかりやすくするために挿入された物語)です。まずは簡単にその内容を紹介します。

 エティエンヌがリヨン管区で説教をし、人々の告解を聞いていたとき、多くの女性たちが、自分たちが子供たちを聖ギヌフォールのもとへ連れて行ったということを告解します。彼がどのような聖者かと思い、審問を続けたところ、実はグレーハウンドであることを知ります。……ヌーヴィルNouvillesと呼ばれる隠遁した修道女の村の近く、ヴィラールVillars領主の地所に城があった。そこの領主と妻には男の赤子がいた。ある日、赤子だけを揺りかごに残したまま、領主と妻が外出し、また乳母も同様に出かけたとき、巨大な蛇が家の中に侵入し、赤子の揺りかごに近づいた。これを見て、後ろにとどまっていたグレーハウンドは蛇を追いかけ、揺りかごの下でそれを攻撃しながら、揺りかごをひっくり返し、その蛇のいたるところに噛みついた。蛇は同じく自らを守り、同じようにひどく犬を噛んだ。とうとう、犬は蛇を殺し、揺りかごから遠くへと蛇を投げた。揺りかご、床、犬の口と頭は全て、蛇の血で濡れていた。蛇によりひどく傷つけられたにもかかわらず、犬は揺りかごのそばで[赤子を]守っていた。乳母が戻ってきてこれら全てを見たとき、彼女は犬が子供をむさぼり食ったのだと考え、悲鳴をあげた。これを聞いて子供の母も駆けつけ、[その状況を]見て、同じ事を考え、同じく叫んだ。同様に騎士は、その場に到着したとき、同じ事を考え、自分の剣を抜いて犬を殺した。それから、彼らが赤子に近づいたとき、彼らは赤子が無事で、静かに寝ているのが分かった。[血まみれになっていた]理由を急いで探すと、彼らは蛇を見つけた。蛇は犬に噛まれてちぎられており、いまや死んでいた。それから出来事の真相を知って、彼らは非常に有用な犬を誤って殺したことを深く悔やみ、邸宅のドアの前にある井戸にそれを投げ、その上に石の山をのせ、この出来事を記念して、そのそばに木を植えた。いまや、神の意志により、この邸宅は破壊され、またこの地所は、砂漠となって、その住民から見捨てられていた。……後に農民たちは、この伝説を聞き、その場を訪れ、犬を殉教者として崇敬し、自分たちが病気のときやなにか必要があるときにはそれに祈るようになったといいます。病弱な子供をもつ母親たちが、儀礼を司る老女を頼り行っていた、子供が生きるか死ぬかの儀礼が詳細に語られることとなります。

 第一章はエティエンヌの略歴を、第二章は彼がこの物語を挿入している著作の構造や性格を描き、第三章はエティエンヌが行っていた説教、告解(聴罪)、審問という三つの活動の結びつきを論じた後、物語で語られる領主が誰だったかを明らかにします。

 物語の分析の前提としての第一部は以上のとおりで、本書の中心は第二部と第三部にあります。

 第四章は、この物語と同様の内容をもつ物語を、古くは紀元前のインドの『パンチャタントラ』なども含めて紹介した上で、時代的に近い他の物語と上の物語を比較しながら、その構造や内容の分析を行います。

 第五章は、物語の中で語られる儀礼の詳細な分析です。森の中に子供を置いて少し放置したり、川の水につけたりと、場合によっては子供が死んでしまうような儀礼ですが、これを読みながら私は、死亡率の高い時代に、死ぬかもしれないと分かりつつ儀礼を行った病弱な子供をもった母親たちが思う気持ちを考えると、なんだか泣きそうになってきました。

 第六章は、物語の中の殺された犬の伝説と、子供をめぐる儀礼に密接な関連があることを示します。

 第三部では、物語中の犬の名前であるギヌフォールに焦点が当てられます。第七章は、ギヌフォールがパヴィアの聖人であったこと、近年まで崇敬の対象であったこと、他の地域でも彼が崇敬の対象であったこと、クリュニー修道会の関与で彼の崇敬が拡大したことなどを指摘します。

 第八章は、19世紀末頃にも、物語の舞台で同様の儀礼が行われていたことを、民俗学者たちの研究をもとに明らかにします。この章で一番面白いのは、シュミット自身がフィールドワークを行い、物語中の「老女」と同じような役割を果たしていた老女の存在を突き止める部分です。

 第九章は、ギヌフォール以外にも犬と結びつけられた聖人がいたこと、ギヌフォールという名前の語源の分析など、興味深い指摘に満ちています。

 第四部は、13世紀と19世紀では、伝説と儀礼に共通点もあれば相違点もあることを示し、社会構造の変化と結びつけてその理由の説明を試みます。

 出発点となる物語自体の面白さも抜群ですが、この物語の要素を徹底的に分析するシュミットの論述もとても知的興奮に満ちています。

 なお、本書の内容を紹介した著作として、さしあたり次の2点を挙げておきます。

渡邊昌美『中世の奇跡と幻想』 岩波新書、1989年、131-140頁
・グレーヴィチ「フランスにおける『新しい歴史学』―その成果と問題点(一中世史家の批判的覚え書)」同(栗生沢猛夫/吉田俊則訳)『歴史学の革新―「アナール学派」との対話―』平凡社、1990年、99-135頁(特に126-128頁)

前者は私の記事よりずっと簡明に本書の内容を説明しています。後者は、本書でやや唐突に出てくる階級闘争という説明をめぐる批判となっています。

 購入したのが2006年。通読するのに9年もかかってしまいました(一度全訳を試みたのが敗因です。時間がかかりすぎて…)。今回通読できて良かったです。変に最初から全訳を試みず、ざっと目を通す方が効率よく勉強ができるといまさらながら気づいた次第です。





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Last updated  2015.12.05 14:53:03
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