




写真を撮り始めたころ「能登線」の赤字や存続が問題視され始めていた。
良い写真が撮れたら「能登線の写真集でも出そうか」と写真仲間の先輩と話していた。そして、「動くギャラリーとして列車内で写真や絵の展示すればどうだろう?」と「のと鉄道」に打診したが実現しなかった。
昨年、私のCG「鉄路」から話が進み、現在の「のと鉄道七尾線」の列車内に「動くギャラリー」をすることになった。・・・だが、その後、妻の父親が亡くなり私は新たなCGを描くことができず辞退し、知人の企画による作品が車内展示された。「動くギャラリー」は実現したが、これも時の巡り会わせだろうか、と思わざるを得なかった。
