てまり - ねこ の独り言

てまり - ねこ の独り言

2003年10月02日
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カテゴリ: 過去
芸術の秋等とも言われるが、この時期に展覧会の公募作品を提出する事も多かったような気がする。


小学校入学直後から、絵の先生の所へ通っていた。
きっかけは、授業で絵や習字などを行うと、廊下の壁に張り出される。
それを、この学校では、全員の先生が見て歩き、良いと思う作品を1クラスに一人、各先生が投票する。
その結果、多くの票を得た作品に、金賞、銀賞、銅賞と言うことでその作品にはそれぞれの色紙がつけられる。
これは1クラスに付、金賞何人、銀賞何人、と言うように決められていたようだった。

そして、私が小学校入学をし、最初に書いた絵が張り出された。
母と同じ学校なので、当然、母も見に来る。

一体これは誰が書いたのか!と思い、名前を見たら自分の子だったと言う。
母は、穴があったら入りたかった。と後日言っていた。

母は母なりに反省したそうだ。
借家だったので、クレヨンその他を一切与えなかったこと。
保育園・幼稚園も休みがちだたので、先生方より十分にいろいろ教えてもらえなかった事。
病気で行かれない・・・このような理由も含めて、自分が子育てをしてわかったが、小学校入学時だけで見れば、ノートの勉強はまあまあだったが、その他全てが2年前後遅れていたこと。

保育園の先生は、1年入学を遅らせれば、十分何とかなるだろうから・・・とも言ってくれたようだったが、結果として、母はそれをしなかった。

そして、私が描いた絵を見て愕然としたそうだ。
母は、お絵かき教室の発表会へ私を連れて行った。
先生と顔を会わせ、少し話をし、私に今度から、この先生の所へ行くか?と聞いてきた。
私は、即、行く!と答えた。


しかし、小学校へ入学し、いろいろな場面で、トラブルがあった。
そして、この頃はついに、学校へ行かない宣言を私は出し、ほとんど家に居たからだ。
最初は、母もそれなりに努力したようだが、いい加減、疲れたのだと思う。
学校と違い、習い事だから、当然、お月謝も・・・
私が行かない!と言ったらアウトだったのだ。


多くの展覧会や、作品展に、この先生の所から出品させていただいた。
その中のいくつかは入選になった。

小学校6年から油絵に変わり、作品展にも何回か出品した。
先生が、それなりに手直ししてくれるから、入選できたのだと私は思っている。

そして、6年の3月頃、二○展 入選者、ということで地元の新聞に名前がでた。
まあ、入選すればいつもの事だから、私はなんとも思わなかった。

そして、中1が終り、2年になった。
担任の先生は、男性に変わった。
以前、母と同じ学校(私が小学1~3年の学校)にいたことがある先生で、母の事も覚えていた。
母も覚えていた。

私自身は・・・中学1年の終わりごろから、すべての事に疲れ果て、学校は適当に・・・となっていた。
そして・・・2年になった時、クラス替え(この学校では、先生は1年の時の先生が、ほとんど同じメンバーで上へ上がるが、クラスは毎年変わった)
新しいクラスはあまりなじめず、休む日も多くなる。
と言っても、朝学校へ顔を出し・・・適当な時間に帰ってきてしまうのだ。

そして、4月半ば、職員室へ呼び出される。
お説教を覚悟していたが・・・意外な展開に・・・

4月に入ったばっかりの頃、新聞社より電話があった。
2年連続の 二○展 入選、しかも油絵部門。
是非、取材をしたいとの事。
しかし、私は気分が乗らない・・・と言う理由で断る。
電話インタビューだけで終ったような気がする。
作品と私の話だけが、新聞に載った。

担任の先生は職員室へ私を呼び出し、出席態度が悪い事を、お説教するつもりだったらしい。
始まった直後、美術の先生が、助け舟を出してくれた。

二○展 入選 これはすごいことだ!
しかも、2年連続で、油絵部門とは・・・
美術部へ来るようにと。
この先生は1年の時も授業があったが、私は気が向かないと作品を提出していなかった。

もし、教室に居るのが嫌なら、倉庫用の部屋が空いているし、美術準備室を使用しても良い。と言ってくれた。
美術・音楽の先生は特別に、自分専用の部屋を一つ持っていた。
そして・・・展覧会へ出し、それなりの成績が取れると言うのに、このような所で、授業につまづき、卒業できないような事があっては勿体無いと言ってくれた。

結果として、授業は受けずに、その時使用したプリントを、この美術の先生が保管してくれる。
そのプリントの内容を自分で学習し、提出する。
大抵、プリント1枚が1時間の授業内容だった。

このプリントがいわゆる、虫食い問題形式になっていて、空欄を埋めていくのだが、授業に出ていれば、先生がこの部分を教えてくれる。
私は授業に出ずに、その部分を一人で調べながら埋めていく。
プリント一枚提出すれば、1時間授業に出た事にしてくれた。
6時間の授業を3時間前後で済ませ、残りは読書と、絵を描く時間に使った。

3年になる時に、この先生は転勤したが、次に来た美術の先生にもちゃんと引き継いでくれた。
3年の時の美術の先生は、もっと話がわかり、高校入学後も同じ条件で 授業の単位が取れるように、高校の美術の先生と交渉してくれ、おかげで私は無事、高校の卒業証書を手にすることになる。

この美術の先生には本当に感謝している。





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最終更新日  2004年08月12日 18時24分09秒
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