てまり - ねこ の独り言

てまり - ねこ の独り言

2003年10月10日
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ピアノのレッスンを始めたのは、小学校入学前だったと思う。

小学校3年の年に、私は母に、やめたいと言う。
しかし、その時は母はやめることを認めてくれなかった。
理由はわからない。

そして、4年で母は転勤し、私も転校し、母は病気になる。
ピアノの先生の家は、前に住んでいた学区内にあった。
そして、転校のために、電車で3つ目の駅へ変わる事になる。

母が病気をした時に、母は私に言った。


しかし、私のその時の感情は、やりたいと言う気持ちよりも、
数ヶ月前にやめたい、と言った時には、ダメ!と言ったのに、
急にやめても良いとは・・・
その言い方に腹が立った。

母を困らせたくて、私は やめない!と返事をした。
結果として、これは良かったと思う。

中学校にもなると、皆、思春期の嵐が来ると言う。
今思えば、私もそうだったのだと思う。
家の事・学校の事・社会に対する不条理・・・

いろいろな意味で、思うように行かない苛立ち。
ドラマなどで、椅子を振り回し暴れている姿を見たが、

目茶苦茶に暴れたかった。

しかし、それは出来なかった。
なぜ出来なかったのか?
理性が働いたのかもしれない。
また、物を壊しても何の解決にもならない。


ある意味、自傷行為の一つだったのかもしれない。
嫌な先生に対しての、あてつけ でもあったのだ。

しかし、通常はその様な機会は なかなか与えられない。
そして・・・
私は自分の中のモヤモヤした感情を
ピアノのキーへと当り散らした。

調律(ピアノの音を合わせること)の再に、
キーをホンの少しだけ重くしてもらえるように頼んだのも私だ。
なぜなら、先生がいつも発表会に使う会場のピアノは
キーが大変重く、弾くのに苦労する。
ならば・・・普段の練習用ピアノも重くすれば良いと思った。

元は、母が授業で困るから、自分のために買ったピアノだった。
しかし、私が中学校に入る頃は、母はピアノを弾かなくなっていた。
このピアノを使うのは、私だけだった。

ピアノは私にとって、ストレス解消の道具になった。
私が好んで弾くのは、ベートーベン。
(現在は弾かなくなって、15年以上経つので、もう弾けません)
激しい曲が多いので、感情をぶつけるには、大変都合が良かった。

その代わり、シューベルト・モーツァルトなど、歌う曲は苦手だった。
高校を卒業し、好きな人が出来て、恋歌など、ピアノに歌わせたい気持ちになった時、
やっぱり弾けなかった。

弾いていて、そのことがストレスになり、爆発したくなるのだ(笑)
この時に、私は、切なく、甘く歌うような曲は、自分に向かないことを実感した。
結局、ピアノの先生の家へ通ったのは、高校卒業まで。

6年生の時に6人居た(同じ先生に習っている同級生)のが、
高校入学時には2人になっていた。
そして、もう一人の仲間は、卒業後、エレクトーンの専門学校へと行く。
私は、エレクトーンを高校入学後、レッスンを始めるが、リズムについていけず、3ヶ月で断念し、音楽は完全に趣味になった。





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最終更新日  2004年08月12日 18時19分52秒
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