2026年08月31日
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 『彼我対照 欧州旅行』に読む明治43年 海外視察 湖畔からのメッセージ001

 前田正名は明治43年6月、横浜港を出港し欧州視察に向かった。時に正名、満60歳2か月、彼にとって第5次の海外旅行にあたる。この旅行の意図・目的はなにか。そこを、本邦帰朝後に現された『彼我対照 欧州旅行』を通じ、読み解いてゆく。

 そこには<ポスト殖産興業>。そのように思想構造を位置づけるべきであるのか、つまり<資源を加工し搬出・消費しながら、現今の付加価値を求める殖産興業>が第一段階。そこから<資源を持続・利用し、将来世代に付加価値を伝える殖産興業>への助走。

 なぜ、かく転じたか。 明治40、41年と阿寒湖畔に滞在した。国有未開地の払下をうけ、そこで展開した山林経営の敬虔。南国・薩摩国に生を受けた正名が、東の国たる阿寒で四季を通じて滞在し未曽有の厳冬期を体験した後のことである。

 正名にとって湖畔のアイヌ民族コタンで生業・生活・文化を形づくる地域で生活を共にしながら、その自然に生きる民族の知恵。あわせて集団をまとめあげているエカシ=長老・老女の生活の知恵を見聞した期間。

 政権中枢の官僚を経験し、やがて下野し、全国行脚で各地を訪ねた。北海道東部で洋紙生産することに転じ、ついで個々に払下を受けていた国有未開地を一本化して継承した。まずは寒冷地型農園で頓挫、しかし山林経営で新たな展望を図式化することができた。

 齢、すでに還暦。しかしその時に、海外視察を企図した。そう推量するに値する、紀行の冒頭に注目する。





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最終更新日  2026年09月07日 10時53分22秒
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