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十六万訪韓修練会御言集(女性)からの抜粋です。
真の自分を探しましょう(女性修)
1993年12月19日 韓国・済州研修院
……
男は主体、女は客体
(省略)一度、主体になってみたい思いがしますか、しませんか? しないと言う者は、みんな嘘つきです。なぜ男が主体かと考えたことがありますか? なぜ男が主体ですか、君たちはなぜ客体ですか? そんなことを考えたことないのですか? たくさんの女たち! 男が主体になる資格は、子供の種を持っているからです。神様と同じようにです。だから主体というのです。そういうような創造原則、原理においての結論を出して、堂々とその主体を認識してやるのが、自分自身の高まる基台になるのです。客体なくしては、主体もなくなってしまうのです。分かりましたか? (はい)。
女は何も持っていません、女は名ばかりです。神様から見た場合に、創造の世界で一番最後につくったのは、男だったのですか? (女です)。そんな表情で言っては良くありません。復讐の感情が詰まっています。(笑い)
それでも良いです。ですから、女は籠でしかありません。空箱です。気持ちが良いですか、悪いですか? (悪いです)。そういう即断をしてはなりません。先生は、女が空き箱ということを知って、「いやー、私は空き箱になったら良かった」と、いまだ何回も考えるのです。女と男を変えることができるとしたら、すぐにも変えてしまいたいのです。そのことが何か分かりますか? ちょっと話を聞けば分かるようになりますが、話をしましょうか、やめましょうか? 関心がありますか? きょうの時間は、その話でいっぱいになり、「真の自分を探しましょう」という話ができなくなりますが、そうでも良いですか? 本当ですか。(省略)
女は神様が最後につくった傑作品
そうした場合に、女においては自分のものがないのです。だから名前ばかりというのは、失礼ですか、失礼ではないですか? (失礼ではありません)。それでは、「ありがとう」と言いなさい。(ありがとうございます)。はい、ありがとうございました。よい教訓になりました。 本当です。そうすれば、女がかわいそうではありません。素晴らしいのです。空いた籠は大きいのです。あなたたちの良心は大きいのです。女の心は男に負けないくらい大きいのです。心は大きいのですが、その大きな空き箱に何を入れますか? (愛です)。 愛を見たことがありますか、見たことがありますか? 愛に触ったことがありますか? (ないです)。では、分からないではないですか? 見たこともないし、触ったこともないものを入れようとしても、どうするのか? その方法、手段が分からないのです。どういうふうに分かりますか? (感じです)。感じが人間の幸福の元になりますか、愛自体が幸福の元になりますか? それは愛です。
(省略)少し考えてください。先生もちょっと考えて話をしなければなりません。研究しながら話をしなければなりません。分かりましたか? 神様が一番最後につくったのは誰ですか? (女です)。建築も、最後には仕上げをよくしないと、すべてが駄目になってしまうのです。全体の価値の正負を決定する八〇パーセント以上を左右するのです。そうした場合には、仕上げは、女がうまくできるのかどうかで、天宙の創造の八〇パーセント、合格か不合格かが左右されるのです。
(省略)
女は善悪を知る木
さあ、最後の仕上げです。気持ちが良いですか、悪いですか? (良いです)。こんなに欲張りの空き箱ですが、空き箱は入れるものの価値によって左右されるのです。入れるものと同じ価値を持ちます。宝がたくさん積んであった時、「宝を持って来い」と言うのですか、「籠を持って来い」と言うのですか? どちらですか? 「宝を持って来い」と言うのではなく、「あの籠を持って来い」と言うのです。入れるものと同等な価値を持つようになるのです。
それで、聖書にはエバを象徴して、善悪を知る木というのです。善悪を知る木とは、女です。そして、木の実とは女のそれをいうのです。なぜ善悪を知る木というかというと、女は、善になれば善の実になるし、悪になれば悪の実にもなるのです。
もし王子様と一つになった場合には、王宮を相続することも可能なのです。そして、王子を生むこともできます。反対に、悪辣なやくざの親父と結んだ場合には、悪魔世界の王子を生むようになるのです。善悪を知る木の実、それは善悪を知る女の体をいうのです。善にもなるし、悪にもなることを象徴しているのです。だから神様は堕落しないように、善につながるように、戒めているのです。「悪になったら大変だから、それを取って食べるな! 勝手にするな! 神様が命令するまで待て!」と。それは神様のものであって、自分たちのものではないのです。女は、それを自分のものだと思ったら大変なことです。 それは男のものであり、男のうちでも王様の男、神様のものです! ですから、その女の実が何を願うかというと、最高の男まで、神様までも願うのです。 だから女には、神様をすべて入れても休ませることのできる良心の袋があるのです。(省略)
国家的基準から世界的基準へ
(省略)
そういう意味において、お母様と結婚するようなことになったのです。分かりましたか? (はい)。それは、悪くないのです。仕方なくやったのです。なぜかというと、女を救ってあげるためにです。お母様を訓練して、立派な女につくりあげたのです。三十三年間のイエス様の恨みを解いたのです。今年がその三十三年目です。イエス様が三十三歳で死んだ、第二の先祖としての失敗を蕩減復帰して、国家的基準を越えなければならないのです。それで、世界的な出発をして、今や世界の四十か国を凌駕する戦いをしているのです。分かりましたか?
(省略)これから、日本もどんどんどんどん駄目になります。アメリカもどんどんどんどん駄目になります。しかし、文先生だけは、どんどんどん上がっていくのです。考えてみなさい 。「八月には統一教会を全滅するのだ」と(一部の)言論界が、「ワーワー」言っていたのですが、何を言うかというのです。反対とは、反対する者の所有権を相続する神の第二の戦法であり、戦略戦術なのです。そういう公式を知っているので、「打つなら打ってみよ!」と言うのです。打てば、打たれる者の財産になるのです。罪なくして打たれた場合には、その賠償、弁償を支払わなければならないのです。
女性は「籠」・「空箱」だというお父様のみ言です。それに何を入れるかでその価値が決まるということです。
神様の結婚式です。
お母様の中に真のお父様だけでなく、神様までも入られて一つとなられたということです。
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